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舞城王太郎を探しに今庄に行った

舞城王太郎という小説家が好きだ。
軽々しく人に勧めて、もしもつまらないとか言われたらムカついてしまうから、誰にも勧めたことがないぐらい好きだ。

初めて出会ったのは大学生の時に読んだ「煙か土か食い物」。
B級映画よろしくハイテンションで暴れまわるキャラクターと息をつかせないストーリーからくる抜群のエンタメ性と、考えて考えて紡ぎだした思考をそのまま剥き出しにした文学性、その絶妙なバランスのかっこよさに、俺の心臓は鷲掴みにされてガクガク揺さぶられた。

でもヘンテコ名前の人ですね。と思ったあなたは正しくて、舞城王太郎は本名ではなく仮名だ。それどころか本名含め顔形など個人情報は一切公開しておらず、覆面作家として活動している。だから我々読者は彼について知りたくても、インタビュー記事なんてもちろんないし、小説以外に何も知り得ることができない。彼なのか彼女なのか、それとも彼でも彼女でもないのか、性別すらも。

ただし、舞城王太郎が好きな人はよくご存知だろうが、小説の中に本人の出自を感じさせるある二つのキーワードがある。福井と調布だ。
彼の小説は、舞台が福井と調布であることが本当に多い。特に福井の西暁町という架空の地名は、特に物語の繋がりのない複数の小説で使われているので、相当にこだわりのある土地ということがわかる。
そしてこの西暁町というのは現実では福井県の今庄という土地だということが小説の描写からわかっている。周囲を山に囲まれていて、大きい川が通っていて、福井県の武生に近く、宿場町としての歴史を持つ街。これだけの要素が一致しているし、地理的にもまず間違いないはずだ。

そしてもう一つ重要なことが、小説で西暁町が舞台の時は主人公が子供だということ。大人の時もあるが、すでに町を出ているが何らかの事情で戻ってくることで物語が始まる、という展開なので、やはり西暁町は故郷としての場所という扱われ方をしている。

ここから、おそらく相当程度の確率で、舞城王太郎は福井県の今庄で生まれ育ち、進学か就職で上京し調布に住む、という経歴を持った人だということがわかる。


はい。というわけでその今庄に来ました。

舞城王太郎が生まれ育ったのはどんな町なのか、レンタサイクルでぶらっと一周してきたので紹介します。

まず小説でも散々言われていたから予想はしてたけれど、やはり結構な田舎だった。小売店はファミリーマートが一軒だけ。(地元の方曰く最近できたらしいです。)蕎麦が名物なので蕎麦屋が何軒かあるけれど、その他の飲食店は一切なし。自転車で走っていた時も、すれ違った人は一人もいなかった。

そして感じるのが、本当に山に囲まれた土地だということ。360度どこを向いても山が視界に入る。基本が山で、人間がその間に住まわせてもらっているという感じで圧迫感すらあった。生まれ育った土地がどうこうという精神分析的なことは好きじゃないけど、やはりこの環境は人格に影響を与えるだろうなと思った。

山、山、山。圧倒的山

続いては町を貫いて流れる「日の川」。小説では「星の川」という名前で登場している。とても綺麗な川だった。ここでは鮎が釣れるらしく、それ目当てに来る人もいるらしい。

日の川。暑すぎて飛び込みたかった

次は白髭神社。小説では黒髭神社として登場している。山の中に建っているから、とにかく虫が多かった。鹿の糞が大量に落ちてるし、クマ注意の看板もあるし、改めて山というのは虫と動物の領域なんだなと感じた。

階段を見た瞬間に諦めかけたが、がんばった
安すぎるおみくじ

これはおみくじ。整備されている雰囲気はないのでお金を入れても何もでてこないだろうと予想していたら、まさかの2枚出てくるパターンだった。逆に困る。

驚かせてごめんよ蛙

神社にある池。緑に擬態していて全く気づかなかったが、池の周りにはカエルが何十匹もいて、近づいたら一斉に池に飛び込んで驚いた。蛙飛び込む水の音、をリアルに初めて聞いて感動。

また別の山の中に情緒ある鳥居を見つけたから突入。途中で行き止まりになっていたので引き返したが、回り込んだら奥に行けたので進んでいくと、祠が蜂の住処になっていて超危険地帯だった。ダッシュで逃げて事なきを得たが、気付かずに進んでたらまじ危なかった。

まじでビビった。怖えよ蜂

ここからが宿場町。数少ない商店の呉服店、とそこにバーゲンの看板があって笑った。あらあら、今日はバーゲンなのね。それなら呉服でも買おうかしら、ってなるだろうか。

宿場町
何かしらの歴史ある建物
バーゲンて
名物の蕎麦。鉄道の立ち食い蕎麦が歴史の始まり

そして最後に、地元の人を探して今庄について聞いてみた。当たり前だけど、地元の人にとっては今庄は舞城王太郎ファンの観光地じゃなくて、自らが住む土地だ。去年、過去にないほど酷い水害があって、何軒も空き家になってしまった。山菜は食べる分だけ採ることで一年ごとに豊作と不作を繰り替えすものだが、よその人が根こそぎ採って行ってしまって困っている。コロナで町に一軒だけある居酒屋のお客さんが減ってしまった。
こんな何てことない日常の話を聞いていたのだけれど、その語り口は舞城王太郎で散々読んだあの今庄の方言で、それが不思議な気分だった。

また話の中に一つ、舞城王太郎を感じられる要素を見つけた。お化けだ。舞城王太郎はホラーもよく書いているが、地元の人曰くここはお化けが出るらしい。その理由は、まずここが山に囲まれているということがあるだろう。俺は東京生まれなので、大人になって夜の山を初めて歩いた時に、その暗さに驚いたことがある。ただ単に夜だから暗いというわけじゃなくて、もはやそこには何もないのではないか、という虚無の暗さがあった。昼の弾けるような緑とのギャップもあって、人は夜の山には何か根元的な怖さを感じるものだと思う。
直接的なホラースポットはトンネルだ。今庄は山に囲まれていて、だからこそ北陸と関西をつなぐ鉄道の要所となった。周囲には鉄道を通すために山を切り開きトンネルが掘られ、使われなくなった寂れたトンネルがホラースポットとなり、地元の人はどストレートに「お化けトンネル」と呼んでいるらしい。昔、トンネルの中で火災事故があり何十人も亡くなった事故もある。そのトンネルも見に行きたかったが、自転車だから遠すぎるは暑すぎるはで泣く泣く諦めた。

他にも、一泊しかしなかったので時間に限りがあって、行きたいけれど断念したところがたくさんある。駅から少し離れた別の集落、「獣の樹」に出てくる夜叉ヶ池、今庄から見た身近な都心である武生にも行ってみたい。勝手にここを俺の第二の故郷として、一年に一回来るのもいいかもしれない。そう思った。
最後に、地元の人の今庄を現した最高の一言を紹介して終わらせたい。

「人間の住むところじゃねえよ。山と鹿とクマとお化けしかいねえ。」

最高の自虐センスとキャッチコピー。やはりここは舞城王太郎の生まれ育った場所だった。

駅中のいってらっしゃいの看板。また帰って来よう

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