みつる
世界中の誰も私の気持ちなど代弁してはくれないのです。 そのことに、2,632冊目の本を読み終えたとき、ようやく気づくことができたのです。 著名人のインタビューやSNSの投稿や、現実の知人なんかでも「一冊の本に救われました」という話をよく聞くのです。 「家族にも友にも、誰からも理解されなかった思春期の頃、この小説に救われました。まるで自分のことが書いてあるようでした」 「絶え間ない希死念慮の中、この本を抱えて生きてきました」 「将来なにをすればいいかわか
前回から進展はない。同じところを、ぐるぐるぐるぐる回っているだけ。ハムスターのように。回転木馬のように。地球の公転のように。バカなハエのように。 指を動かすのも面倒なため、受けた職とその結果を箇条書きで残す。 ・害虫駆除コンサルタント 書類落ち。理由不明 ・観光トロッコ運転士 書類落ち。理由不明 ・エスカレーターの点検作業員 反抗的な態度を取ったため、面接落ち ・北半球の星空観測員 星座を知らず、面接落ち ・電報配達員 足が遅く、面接落ち ・駐輪違
ニトロ・グリセリンを背負って街を歩けば、僕は危険人物となる。 人々が逃げる。誰かが通報する。警察に囲まれる。大学で心理学を学びネゴシエーションの技術を身に着けた専門家が現れて、僕の要求を聞き、説得をする。なだめ、すかす。僕は対象として扱われる。 空にはマスメディアが飛ばすヘリコプターがあり、僕は空撮される。週刊誌の記者たちは蜂のように飛び回り、僕の情報をすごい勢いで集め始める。生い立ちを、過程を、近況を。他社に抜かれるなとデスクは叫ぶ。 僕の話したこともない中学の元同級
なんか、今までの投稿ぜんぶミスってたな。
「就活、それは人間への道。俺は人間になりたい」 そんな思いでやっとります。 と言うわけで、その戦いと活動の記録を気ままに書いていきますね。まあ内容ほとんど嘘なんですけど。詳しくは初回の投稿を読んでください。あしからず。おほほ。 ちょっと前に受けた、面接の話です。 マッチングアプリの「いいね♡」並みに四方八方送りまくっては空しく散ってた履歴書の一通が、ある医療機器メーカーにヒットしました。(やったね!) 「あなたは偉大なる我が社の書類選考を突破しました。ま
ごく稀に、読み終えて自然と涙が出てしまい、一つの単語ではくくれない複雑な感情で胸がいっぱいになり、しばらく何もする気が起きなくなってしまう、そんな本に出会うことがある。 そういう時は、自分自身が心の根っこで抱えている問題と本の内容がリンクしていることが多い。普段見ないふりをしていたり意識から外しているその問題と、本を読むことで直面せざるを得ないのだ。 先ほど読み終わった「家を失う人々」は俺にとってそんな本の一つだった。 この本は、アメリカの貧困層の住宅問題につい
現在、職を探している。求人を探し、履歴書と職務経歴書を書き、通れば面接をする。そんな日々を送っている。 この就職活動を日記として記録していこうと思う。始めに断っておくが、内容はほぼすべて嘘である。なぜわざわざ嘘の日記を書くのか。 それは、実際の就職活動なんて書きたくないからだ。俺の身の上は、前職からの空白期間を一年半持つ齢33歳の男である。まあ書類は通らない。 書類送りました。落ちました。送りました。落ちました。おっ、面接にはいけました。はあ、やっぱり落ちました
悪ふざけ、やり過ぎ、自分勝手。不可能だと、絵空事だと皆が笑った。球界の大物は顔をしかめ、失敗に終わる幾千の理由を識者は語った。 果てしなき二刀流の夢、高く高くそびえたつアメリカの壁。 翔平は打ち砕いてきた。鋼の意志とたゆまぬ努力と圧倒的な才能で、夢を現実の一目標に落とし込み、黙々とバットを振ることで。 いつの間にか、翔平の手には世界の頂を示すチャンピオンフラグが握られて、周囲の批判者たちは姿を消し、喝采する仲間たちに変わっていた。 そんな翔平が、尊い翔平が、
ここしばらくスナックに週一回の頻度で通っている。いわゆる常連さんってやつだ。 俺は根本が出不精の人苦手なので、そもそも外食自体あまりしない。金もないし。 でも、常連の店というものにはずっと憧れがあった。自宅ではないもう一つの居場所。学校でも職場でもない自由な人間関係。遠慮なく胸の内を明かせる店主に、多種多様な他の常連たちとの価値観が広がる交流。そういうのってすごく素敵。 だから若い時分、特に学生の頃はバーとか大衆居酒屋とか喫茶店とかあちらこちら試してみたけれど、
人間にとって命とは、死亡するまでの残り時間である。それがどれだけ残されているのかは、目の前に死の危機がある場合を除いては、基本的には神のみぞ知る。 しかし、年齢と性別と暮らしている国の平均寿命から、おおよその予測はできてしまう。その計算された命の残り時間は、運動睡眠食事と精神的ストレス値や運により変動するが、大きく増えることは決してない。 その貴重なわたしの残り時間が、命そのものが、邪悪な死の商人たちにつけ狙われている! youtubeが、テレビが、すべてのメデ
会ったことのない父方の曾祖父は、とんでもなく困った人であったらしい。家庭の王として君臨し、女遊びに博打と大いに遊び、たらふく酒を飲み、最後は妻と子を捨てて若い妾と出奔したそうだ。 大正やら昭和やらの話である。 その曾祖父の子である私の祖母は「本当は私、お金持ちのお嬢様なのよ」と、ことあるごとに口にした。これはボケた祖母の悲しい夢ではなく、父方の家は代々反物屋を商っており、当時、資産家として地元ではイケイケに名をはせていたそうだ。 曾祖父が家業を継いだ時がまさにピ
歯医者の定期健診に行ってきたんですけど、汚れをチェックしてくれた歯科衛生士のお姉さんに「頑張ってフロスやりましょう」って言われたんです。 そう言われちゃったら無下にはできない性格の僕だし、実際虫歯にはなりたくなかったので、「すごくやりたいです。ていうか興味はあったんですよね、昔から。タイミングを逃してたっていうか、ほんと、タイミングだけでした」とはりきって答えてやりましたよ、ええ。 そしたら歯科衛生士さんも力強くうなずき「使い方お教えますね!」と手鏡を渡してくれまし
はっきり言って、俺ほどに世界平和を願っている人間は他にいない。俺は誰よりも優しいし、他人を傷つけないよう、迷惑をかけないよう配慮し、万物の尊い命が大切でしょうがない。 もしも神様が多様性なんて言葉を知らなくて、世界中が俺のような人間ばかりだったなら、いま7大陸で起きている殺戮はなく、お互いに尊重し合う平和な秩序の中で、みんなで酒かクスリでもやりながら、アッパラパーに笑いあって最高に暮らしているはずだ。 「何を急に大言壮語を」って、きっかけは東京。 そう、電車。東
吐いた息は空っぽの酸素。止まらない身体の活動は制御不能で、家を一歩出れば外。自然ではなく人工物で満たされているのに外。 「これじゃ家も外も同じじゃねえか」と毒づく俺は、お利口に信号機に従う渋谷のスクランブル交差点。思わず辺りきょろつくと、みんなルールに則って赤信号で止まってる。スマホにイヤホン。 黒マスクも女子高生もサラリーマンに作業着のお兄さんに、白人と東アジアの家族、働いてる東南アジアのブラジリアンとか。 数百人の人間が一見なんの強制もなしに一糸乱れぬこの動
幸福な思い出について語ろうと思う。 人間(というか自意識である今のわたし)は記憶の堆積物であり、そろそろ幸福な地層を発掘しないと崩れ散ってしまいそうだから。 悲しいかな、わたしが一生をかけて積み上げてきた思い出の多くは、ある瞬間の後悔とそれを妄想的に取り繕う事後の言い訳でしかない。 そしてその嫌な思い出群は、ある名詞物(たとえば赤のボールペンや一冊の本)だったり、漂う匂い(電車内のキシリトールと整髪料、圧力鍋の蒸気)、または一定の音の連なり(ハードロックバンドの
ふざけるなよ。 3000字超書いていた記事を途中で全消しした。アイドルの女の子のブログを見たのだ。 こんな内容だった。 文章ってもんを馬鹿にしてやがる。 これに1万を超えるいいね、さらには1000件を超える熱い長文コメントがついていた。 人が救われていた。 彼女の更新を楽しみに、辛い日々を生き抜いていた。 毎日コメントで想いを伝え、彼女に会うために働いていた。 人々が救われていた。 悔しい。こんな小娘に負けてるなんて。 おかしい。俺がどんなに頑張ってもこいつ