楕円球の青春 怒涛の大学編
こんにちは。
昨日、大学のラグビー部の先輩が亡くなったらしい、とLINEで教えてくれた同期がいた。
あ、Y先輩。寮でお世話になった。はやすぎやしないか。僕と一つ年上。
どうも、癌だったらしい。
腰痛から、癌がわかったみたい。時々聞く話だ。
一年半、闘病されたらしい。
Y先輩、いろいろお世話になりました。
ありがとうございました。
若くして亡くなる先輩は、他にもおられた。
すらっと背が高く、No.8でゴールキッカー。二枚目の先輩は、お酒が強く、おそらくそれが元で、亡くなった。
一つ上の先輩は、ラグビーやってるの?というぐらい、スリム。この方もニヒルで、カッコいい。ご病気で亡くなられたと聞いている。
同期のSは、事故で長く入院、一年前ぐらいに亡くなった。卒業以来会っていない。お見舞いにでもいけばよかった。一緒に一年間寮生だった。Sは寮が嫌で嫌でたまらなかったみたい。家は鎌倉なのにね。部活やって通うのはしんどかったのだろう。一浪しての進学は、僕と同じ。ラグビーも大事だが、学生生活も大切にしていた。角帽持ってたよな、確か。
他にも、何人か、先の彼岸へ行っておられる方がいるが、私の感想としては、皆さん、同じタイプに見える。スリムで、カッコいい。
Y先輩は、どっしりしたタイプ。こんなに早くあちら側に行かれるタイプではなかったのに。残念。合掌。
大学生活はもう、40年も前になってしまった。
ラグビー一色の生活だった。
同期のMは「この運動量を土方の仕事に換えたらとんでも無いことになる。」とよく言っていた。それぐらい、よく走って、よく当たった。そして、また、走った。
ちょうど先日、同期が集まっていた。僕は、仕事の関係で欠席したが、Y先輩のこともあり、昔を懐かしく思い出していた。
練習はよく走ったが、他の部分も、中々濃い日々であった。特に寮生活。特に超ド級の練習。
少し認めていこうと思う。
今の世の中は、コンプライアンス遵守だが、40年前は、押して知るべし、全部書けるかなあ。読んだ方は、眉は顰めても、若気の至り、笑い飛ばしていただけると、ありがたいことです。
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