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【短編集】インスタント怖い話

 異常気象級の暑さが続く世の中なので、納涼のためにすぐに涼しくなれそうな「インスタント怖い話」をいくつか作ってみました。
 サッと読んでスッと涼しくなろう!

「一人暮らし」

 こんな古びたアパートの6畳間で一人暮らしをしていると、ふと自分以外にも、この部屋に誰かいるのではないかと不安になることがある。
 例えばクローゼットの中。例えばトイレの中。例えば、考えたくないけど……ベッドの下、とか。狭い一人暮らしの部屋とはいえ、1人くらいだったら、人が潜むことができる場所は意外とあるものだ。

 そして、人間の脳とは不思議なもので、「そろそろ寝よう」とベッドの上で目を閉じた時に限って、ついそんなことを考えてしまうものである。時刻は午前2時。25歳にもなって恥ずかしい話だが、そんな怖い想像をしてしまうと、なかなか寝付けたものではない。
 仕方がないので僕は、誰かいるかもしれないと思った場所を実際に確かめることにした。どうせ誰もいないのだし、さっさと確認して安心しよう。うん、そうしよう。
 僕はベッドから身を起こし、クローゼットの前に立った。

 しかし、いざクローゼットを開けようとすると……かなり怖い。
 もし、中に本当に人がいたら……。嫌な想像が頭をよぎるが、必死に考えないようにする。

 ザッ……。
 恐る恐るクローゼットを開けると、そこには………

「ま、誰もいないよな。」
 もちろん、クローゼットの中には誰もいなかった。

 同じように、恐る恐るトイレのドアを開ける……。誰もいない。

 屈んでベッドの下を覗く……。誰もいない。

「よし……。安心安心。」
 僕はベッドの上で横になると、瞼を閉じた……。


 翌朝。
 普段閉めているはずの洗濯機の蓋が開いていることに、彼は気が付かなかった。

「借りてきた本」

 大学時代の夏休みに、図書館で1冊の本を借りてきたことがあった。かなり昔の本だったので、だいぶ日に焼けていたが、古書が持つ独特な頁の色味は嫌いではなかった。それに、鼻をつくどこか懐かしい香りと、少し掠れた活字たちも、古本好きの私からすれば慣れたものだった。
 その本はかなり昔に絶版になった本で、ネットオークションや古本屋で探し回ったが見つからなかったほどの、珍しい本だった。しかし、灯台下暗しとはよく言ったもので、古本屋にはなくとも、地元の図書館にはあったというわけである。
 知る人ぞ知るその作家の、ファンの中では隠れた名作と言われるその作品は、是非とも手にとって読んでみたかった。私は期待に胸を膨らませながら、本を開いた。
 すると、タイトルが書かれた頁の裏側、真っ白な頁の下部に丁寧なペン字で何か書かれていることに気づいた。

「厭穢欣浄厭穢欣浄厭穢欣浄厭穢欣浄
   あなたを必ず迎へにゆきます。忘レルな。
       厭穢欣浄厭穢欣浄厭穢欣浄厭穢欣浄」

 その本は期待通りの面白さで、借りてきたその日に読み終えてしまった。しかし、翌日図書館にその本を返しに行くと、そんな本は蔵書になく、貸出履歴もないという。仕方がないので、その本は家に持って帰った。

 あれから10年ほどが経ったが、たぶん今も本棚の奥の方にその本は置いてあると思う。

「レシピ」

作り方
1.ぬいぐるみ(かわいくて大きすぎなければ下処理はしなくてOK!)をザルに上げて水気を切ります。
2.フライパンに水道水250mlと子持ちししゃもを入れて中火で熱し、砂糖・醤油・みりん・抜け毛・顆粒和風だしなどを適量入れ、煮立ったら水草を入れて落し蓋をします。
3.弱火で5分ほど煮たら1を入れてひと煮立ちさせ、火から下ろします。ベージュのストッキング(26デニール程度)に盛り付け、小ねぎを散らしたら完成です。

「饅頭怖い」

「人間誰しも怖いもンってェのがあるもんで。エニシっていうんかねェ。これだけはどうしても受け入れらんねェってもンが、それぞれ生まれた時に決まるらしい」
「なるほどねェ。だけどね、三ちゃん、俺ァ怖えもンなんてないぜ」
「嘘つけやィ、半さん。そんなお前さんにも必ず、何か怖いもンがあるはずなのさ。強がんじゃあねェ」
「そういうお前さんはどうなんだい。そういうことなら、あんたにも怖いもンがあんのかい?」
「俺かい? 俺ァな、毛虫が怖ぇんだよ、毛虫が。あの動き方がどうにも気に食わねェ」
「へぇ。三ちゃんにも怖いもンがあるたァねェ。人は見かけによらねえもんだ」
「うるせェ! ここだけの話だよ、ったく。それより半さん。俺もこうして自分の怖えもンを教えたんだ。お前さんもいい加減正直に話したらどうだい」
「………そこまで言われちゃ仕方ねェ。正直に言う。俺ァな、三ちゃん。実は”饅頭”が怖えんだ」
「なに、”饅頭”!? ”饅頭”ってのは、あの”饅頭”かい?」
「そうさ、俺ァ実は皆が思ってるより根性の無ぇ人間なんだよ……。あぁ、だめだ、”饅頭”のことを思い出しただけで震えが止まらねェや。もうダメだ。寝かせておくれ」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「まさか、半さんがあんなに”饅頭”が怖えたァ知らなかった。よし! ここは一つ、半さんが寝てる間にありったけの”饅頭”を用意して、半さんを驚かしてやろうじゃあねェの。」

(キャアアアアアアアアア)
(ズサァ)
(ザッ、ザッ)
(キャアアアアアアアアアアアア、ム、グググガガア、ア)
(ズサァ)
(ザッ、ザッ、ザッ)
(キャアアア、ア、ア、ンンンンンンンンンン、ウボガッ、ンン)
(ズサァ)
(ザッ、ザッ、ザッ、ザッ)

「ヨシヨシ。これだけの”饅頭”を見た日にゃァ、半さん腰抜かすぜ」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「半さん、半さん!」
「ん、ふわぁぁ。なんだィ、三ちゃん、そんなに慌てて」
「半さん、あのね、すぐに裏庭に出てごらんよ。いいもンがあるよ」
「ええ、ほんとうかィ? それじゃあ、ちっとぉ見てくるよ」

「うぎゃあああ! おい、こりゃァなんだい三ちゃん、こりゃァ”饅頭”じゃあねえか! 恐ろしや!」
「へへ、いい悲鳴だ。さて、半さんはどんな様子で驚いてやがるんだい」
「ぎゃああ! ”饅頭”怖いよぉ、あああァア、スー、ハー。この盛り上がった形が、怖いよぉ! 掘り返した時の腐った匂いが、怖いヨォ! あぁ、怖い怖い。”土饅頭”は怖いヨォ!!」
「おい、なんてこった! 野郎泣きながら”土饅頭”を掘り返してやがるぜ! ”饅頭”怖いってェのは嘘じゃあないかィ! おい! 半さんよぉ! お前ェ、俺に”饅頭”が怖いって嘘ォついたなァ。太てェ野郎だ。一体、本当は何が怖えンだ?」

「すまねぇすまねぇ、いま髪の毛が喉ににつっけぇて苦しいンだ。

 本当は、”生きた若い女”が怖い」

「目覚まし時計」

 ジリリリリリリリリリリリリ!
 ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ!
 バシッ!

 グゥーー、スピィーーーー……

 ジリリリリリリリリリリリリ!
 ジリリリリリリリ!
 バシッ!

 グゥーー……

 ジリリ、
 バシッ!

 グゥーー……グゥーー……。zzz

「親戚」

 お盆なので実家に帰ることにした。久しぶりの実家には、久しぶりに会う親戚たちも来ていた。

「久しぶりやんね。元気しとった?」
「最近は、お盆玉いうもんがあるらしいぞ。知ってたか?」
「お兄ちゃん、お母さん見なかった? どこにもいなくて。」
「ママ、ノドかわいた〜!」
「こら、ちゃんと挨拶しなさい! まったく、ごめんなさいね。」
「お久しぶりです。今日も暑いですね。」
「あら、帰ってたのねぇ。こっちにもたまには顔見せなさいよ。」
 皆が思い思いの挨拶をする。「はは、どうも。」なんて、当たり障りの返事をしていたら、その中に見かけない顔もあった。

「よお、随分大きくなったな。って、覚えてないか。はっはっは。」
 丸眼鏡に無精髭、がっしりとした体つきだが、顔は40代半ばほどに見える。ススで汚れた作業着? のような服を着ている。話を聞く限り、どうやら彼は母方の遠縁の親戚らしかった。確かに記憶の奥底に、彼の顔がある気がする。多分、一度会ったことがあるのだろう。

 挨拶もそこそこに、俺たちは墓参りに行くことになった。
「ごめん、ちょっと用足してくから、先に行ってて。」
 俺は母親たちにそう告げると、用を足し、一人で墓地へと向かうことにした。墓地は実家から歩いて10分ほどのところにある。すぐ皆に追いつくだろう。そんなことを考えながら、ぼんやりと歩いていたら、不意に後ろから声をかけられた。

「あら、大きくなったわね。って、大の大人にこんなこと言うのも失礼かしら。」
 ゆったりとしたワンピースに、整った顔立ち。長い黒髪が風に揺れていた。大の大人の俺が言うのもなんだが、彼女はまさに「大人の女性」といった雰囲気を纏っていた。
「覚えてない? 私よ、私。ミサコ。小さい頃に一度会ったことあるのよ。」
 残念ながら、彼女の記憶は俺の頭のどこを探しても見当たらなかった。
「あら、覚えてないのね。残念。まあ、仕方ないわよね。前にあったのは大分前のことだもの。」
 嗅いだことのない香水の匂いが鼻をつく。
「でもちょうどよかった。私、さっき着いたのだけど、お宅がもぬけの殻でしょう? 多分お墓参りに行ったんだと思って、お墓に向かったら、ちょうどあなたがいたの。」
 彼女は俺の顔を覗き込む。少しドキッとした。
「な、なら、せっかくですし、一緒にお墓まで行きますか?」
「あら、本当? 久しぶりに帰ってきて土地勘がなくなっていたから、助かるわ。」

 墓地へと向かいながら、俺と彼女はたわいもない世間話をする。年甲斐も無くドギマギするのは、どうやら気のせいではないらしい。彼女の顔を直視しながら話すのが何だか気恥ずかしく、少し俯きながら話していた。

 だから気付いた。

 彼女には、影がなかった。

 昼過ぎの少し傾いた太陽に照らされ、俺の足からはくっきりと影が伸びている。なのに、隣を歩く彼女には、それがなかった。
「どうかしたかしら?」
 不意に耳元に話しかけられた。
「い、いえ、何でもないです。ちょっと靴の汚れが気になって。」
「あら、それは大変。あとで洗ってあげるわ。」
「いや、じ、自分で出来ます。」
「ふふ、ごめんなさい。もう子供じゃないものね。」
「ハハ、ハハハ。」
 乾いた笑いが口から漏れる。笑っている場合ではない。彼女は恐らく、この世のものではない。逃げなくてはいけない。でも、どこに? というか、逃げられるのか? ハハ、そうですね、この辺りも随分と変わりました。とりあえず、話し続けよう。悪意のあるタイプのそういうのじゃないかもしれない。いやいや、まだ独り身でして、ハハハ。そういえば、服装も話し方もどこか古臭いような気もする。そういえば、これから俺たちが向かう先って墓地だよな。どうしようどうしようどうしようどうしようどうし、
「あ、お兄ちゃんきたぁ!」
 姪の声で我に返った。そこは、墓地だった。目の前には親戚たち。俺の横に、彼女はいなかった……。

 あとで母親に聞いたのだが、ミサコ、というのはどうやら曽祖父の姉らしい。彼女はどうやら、実家の近くに住んでいたそうだ。しかし、彼女は70年ほど前に火事で亡くなったらしい。一緒に住んでいた夫と7歳になる息子も、共に亡くなったという……。

「怖い話」

 「恐怖」とは何でしょうか?
 それは「憧れ」ではないかと、私は思うのです。

 してはいけないことをしたい、
 「ない」を「ある」と思い込みたい、
 感じてはいけないこの感情を爆発させたい、
 自分を解き放ちたい、誰よりも自由になりたい、

 そんな想いが、あなたの心にもあるのではないですか?
 さあ、解放しましょう。
 あなたの、その心のトキメキを。
 それがきっと、誰かにとっての、「恐怖」になるのですから。

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