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おさらいの時代 その3 パリの思い出

 子供のころからフランスという国にあこがれるようになったのは、八歳年上の姉が通う聖母女学院のバザーで買ってもらった、真っ白な軸の鉛筆のせいだったかもしれない。

 僕はその時まだ小学校に上がる前の5歳くらいだったが、今も鮮明に記憶に残っている。

 日本の鉛筆といえばたいていは暗緑色や臙脂色が多くて、どちらかといえば大人っぽく、いかにも実用品という感じだったが、そのフランスの真っ白な鉛筆は、夢の国の産物のように思えたのだった。

 「フランスへいきたしと思えども、フランスはあまりに遠し」と詩人、萩原朔太郎が嘆いたように、十代の僕にとってもフランスは遠い異国でしかなく、雑誌『太陽』などのパリ特集などを眺めては、いつかそこへ行くことができる日が来るのだろうかと考えていたものだ。

 高校生時代にはパリに生きた詩人たちの詩集もよく読んだ、ヴェルレーヌ、ランボー、アポリネールなどの言葉に酔いしれたものだったが、またその一方パリを描いた写真家たちが切り取った世界にも影響を受けた。

 その頃ドキュメンタリーの世界にもあこがれ、土門拳の『筑豊の子供たち』などで、写真が描く力強さを知った僕にとっては、写真の世界へのあこがれが芽生えていたのだ。

 

 ある日河原町の古書店で手に入れたロベール・ドアノーの写真集が特に僕のお気に入りとなった。その表紙の写真は、裸ん坊で表通りに出てしまった幼い女の子を、制服のマントでやさし気に隠してあげているパリのお巡りさん。

 第二次大戦で荒廃したパリの町を、逞しく、そして楽し気に生きる子供たちを活写したその写真集が、僕に写真というものの素晴らしさを開眼させてくれたといってもいいだろう。

 やがてアンリ・カルティエ・ブレッソンや、夜のパリの魅力的な世界を写し撮ったブラッサイの写真も知るのだが、ドアノーの世界の優しい視点に、大いに触発されたのだった。


 その憧れの土地にようやく出かけることができたのは、26歳のことになる。当時僕は原宿の近くの神宮前に暮らしていて、表参道と明治通リの交差点のそばの“レオン”という喫茶店で、毎日のように時間を過ごしていた。原宿がファッションのメッカとなり始め、マンションメーカーと呼ばれる、小さなブランドが活躍し始めた時代のことで、たくさんのファッション関係の友達がそこにはいたのだった。

 そんなファッションの世界の人たちに誘われて、パリに旅することになったのだった。そのメンバーにはコムデ・ギャルソンで大成功を収める川久保玲さんや、のちにフィッチエ・ウオモを立ち上げた小西良幸君、そう後にドン小西と呼ばれる彼、そして45RPMの益山君など、素敵なファッションを発信する仲間との楽しい旅となった。

 パリではオペラ座に近い、コーマルタン通りの宿に泊まり、あこがれだったクリニャンクールの蚤の市や、パリの胃袋といわれた中央市場レ・アル、そしてアポリネールが詩に描いた“ミラボー橋”を見に行くなど、その短い滞在中を歩きまわったものだった。

 クリニャンクールの蚤の市の、カフェ・レストラン・ピッコロで、ステック・フリットやクロックムッシューが好きになり、またムール貝を食べるのに貝殻を使うということも覚えた。

 またサンジェルマンの歴史ある“カフェ・ドゥ・マゴー”や“カフェ・フロール”のテラスに座り、道行くパリっ子を観察したりもした。

 その旅はたしか春のことで気候も良く、旅の仲間のあるカップルが結婚式をするというので,みんなで花が満開に咲いている公園に行き、そこでお祝いをするというロマンティックな展開までがあったのだった。

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クリニャンクールの蚤の市のカフェ・レストラン”ピッコロ”は様々な人で一杯の店。この店でなごんでは、また掘り出し物探しに励んだものだった。

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蚤の市のマダムたちはなかなか曲者ぞろい、僕はリリー・ガンダルフスキーさんの店でおもしろいアクセサリーや、ボタンなどをたくさん手に入れた。
こうした店で昔の緑色の革コートを見つけたものだった。

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シルク・ド・イヴェール=冬のサーカスは、パリの子供の人気の常設サーカスの館。その隣にあるオウ・クラウン・バーというカフェには、化粧を落とさないままの道化師が幕間にやってきて、コーヒーやワインをひっかけ、また劇場に戻っていく。

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”ホリデイ”という歌で一世を風靡したミッシエル・ポルナレフの大きなポスター。なぜかお尻丸出しなのが面白かった。

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一緒に旅をした仲間が、パリの公園で結婚式をし、
仲間に祝福されて森の向こうに歩き去っていく。
なかなかファンタジーあふれる午後のことだった。

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パリの消防士は町のヒーローだ。革命記念日の日には、
パリの消防署でダンスパーティーが開かれる習わしがあった。

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