脳科学から見た「祈り」

脳科学から見た「祈り」
中野信子著
著者は医学博士/脳科学者。東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻修了。フランス原子力庁サクレー研究所でのポスドク(博士研究員)経験を経て、執筆活動を開始。脳科学の基礎をふまえつつ、「人間」についての研究を深めている。

「祈り」から人は幸福感が得られるのか?興味深い議題だった。幸せとは何か?そのヒントが様々な形で提示されている。ひとに愛されているという実感を持つことで、「自分が愛されるに足る価値のある人間だ」ということを確認できる。ひとは「自分は価値のある人間だ」「自分は誰かにとって必要だ」と感じてこそ、自分を肯定することができるようになる。。そして、その自己肯定感(自尊感情)・自己評価は、幸福感に直結しているという。また、実験によれば、祈りや瞑想によって、被験者の脳の「方向定位連合野」という部分の活動が抑えられることがわかった。方向定位連合野といのは「自分」と「他者」の境界を認識する部分なのだ。祈りや瞑想による宗教的境地について、被験者は「自己と他者の境界がなくなるような感覚」であることが報告されているという。幸せということでは、ひとは一人では幸せになることは難しいのかもしれないと思った。一方、後述の日本人高校生の自己肯定感の低さには驚かされた。
・祈りが強化する「展望的記憶」の力
「脳の中で記憶を司る部位である海馬は、これまでにあったことを記憶するだけでなく、「未来にやるべきこと」「将来行う行動」についての「展望的記憶」( Prospective Memory)もコントロールしています。脳科学から見れば、日常的に祈っている人ほど、展望的記憶をしっかりと持っていきいきと生きることができるのです。それがポジティブな利他の祈りであれば、脳に与えるよい影響も強まって、なおのことよいでしょう。」
・脳はすぐには変われない
「参考までに、人間の細胞が入れ替わるまでには三ヶ月くらいかかると言われています。骨などの硬い組織の細胞が入れ替わるまでにはもっと長くかかるのですが、皮膚や筋肉などの細胞はおよそ三ヶ月で入れ替わります。  そこから類推するなら、一つのことを日々祈りつづけるにしても、最低三ヶ月くらいは継続してみるという決意が必要なのではないでしょうか。」
・幸福感を科学的に測るには
「釈尊は、弟子の「人生で一番大事なことは何でしょうか?」という質問に対して、「幸せになることです」と明快に答えています。宗教の目的は、まさにそこに尽きるでしょう。幸せになること。そして、皆が幸せであること。」
・利他行動は、脳にとって「快感」でもある
「脳では、ほめられる、他者からよい評価をされる、などの社会的報酬を得ると、金銭的な報酬を得たときなどと同様に、「線条体」という、快感を生み出すのに関わる脳内の回路──これを「報酬系」といいます──の一部が活動することがわかったのです。」
困難を乗り越える達成感を、脳は喜ぶ
「平穏無事な人生より、さまざまな困難が次々と襲ってくる人生のほうが、それを乗り越えるたびに深い幸福感を感じることができるのです。」
利他行動で相手が変わるとき、自分も変わる
「真の仏とはそうではなく、衆生を救うために次から次へと困難に立ち向かい、利他の行動を生涯最後の日までつづける存在なのです。脳の仕組みから見ても、それこそが最高に幸せな生き方、脳が喜ぶ生き方だと思います。」
人は一人では幸せになれない
「「日本人は自己評価が低い」ということが、以前からつとに指摘されています。たとえば、財団法人日本青少年研究所が日・米・中・韓四ヶ国の高校生を対象に実施した意識調査(2010年)では、日本の高校生が他の三ヶ国に比べて著しく自己評価が低いという結果が出ています。「私は価値のある人間だと思う」という項目について「全くそうだ」と答えた割合は、日本7.5%、米国57.2%、中国42,2%、韓国20.2%。「私は自分に満足している」という項目について「全くそうだ」と答えた割合は、日本3.9%、米国41.6%、中国21.9%、韓国14.9%。「自分が優秀だと思う」という項目について「全くそうだ」と答えた割合は、日本4.3%、米国58.3%、中国25.7%、韓国10.3%。  ──ご覧のとおり、日本の高校生の自己評価の低さは驚くばかりですが、さまざまなデータから考えるに、自己評価が低いのは高校生だけではなく、日本人全体の特徴なのです。」
「自分が誰かの役に立っている」「愛されている」という実感がいかに幸福感となり、「生きる力」になるかの好例が、ヴィクトール・ E・フランクルの世界的名著『夜と霧』にあります。  同書によれば、ナチス・ドイツの強制収容所から生還した人は、けっして体力で勝った人ではなく、「生きる意味」を持っていた人だったそうです。「まだ小さい我が子のために、いまここで私が死ぬわけにはいかない」とか、「やりかけの大きな仕事がある。あの仕事を成し遂げるまで死ぬわけにはいかない」などという「生きる意味」を持っていた人が、多少体力的に劣っていても生き残ったというのです。その「生きる意味」が脳を活動させ、免疫力を高めて、「生きる力」となったのでしょう。」
自己を拡大すれば「利他」も「利己」になる
「人間は「配慮範囲(自分が責任を持つ範囲)」が広ければ広いほど、幸福な人生を送っていけるのです。逆に、「自分一人だけで生きていけばいい」と思っている人は、配慮範囲が最小となり、幸福を感じられる機会もごく少なくなるでしょう。」
エピローグ
「人生には逆境があったほうが、脳のためにはよい」ということになります。そして逆に、逆境をまったく経験せず、つねに順風満帆で歩んできた人は、脳を鍛える機会に恵まれなかった分、人間として脆いということもできるでしょう。」

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