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あのすばらしい金曜日をもう一度

金曜の夜になると、こんなつぶやきをしてしまうほど、金曜日の夜が好きだ。



土曜、日曜の休日に向けて、かごの鳥が大空へ舞い上がるような、解放感。特に、仕事をやりきって、月曜に何も持ち越さずに済んだ金曜日の軽快感といったら、長旅から帰って、重たい荷物をどんと下したよう。

その嬉しさに、金曜の夜、職場のあるビルを出ると思わずツイートしちゃう。

帰りにコンビニやスーパーに寄って、買い物かごに350mlの缶ビールを放り込む。いつもは糖質を気にしてキリンのグリーンラベル、たまに奮発してサッポロのエビスビール、それからミックスナッツやスナック菓子。しめて数百円の幸福。

帰って、家事や用事を終わらせたら、テレビの前に腰を下ろして、ビール片手におつまみを食べながら、撮り溜めたテレビ番組を見る。
最近は、田中圭くんと千葉雄大くんがMCを務める音楽番組MUSIC BLOODを見ている。

金曜のこの時間が、心がほっとする瞬間。
時折、うとうとしながら、テレビをぼんやりと眺めて夜更かし。

だけど、あの時のワクワク感は超えられない。

夫婦ともどもフルタイムで働いている。
夕食は近くに住む実家の母が作ってくれていて、子供たちが小学生や中学生だったころは、実家の両親の家に帰り、そこで夕食を食べて、夫か私が迎えに行くまで待っていて、私たち夫婦は、子供を迎えにいったついでに母から夕食を受け取って、家に持って帰って食べていた。

「じゃあ、金曜は子供たちだけ、食べさせておくわね」
数年前のこと。
理由は忘れてしまったけれど、子供の学習塾の送迎時間の関係かなにかで、金曜の夜は、私たち夫婦が実家の母の夕食を受け取りにいかないほうが、家族みんなにとって都合がいいという話になった。

夫とも話し合って、金曜の夜は別々に夕食を取るということにした。

ある時は、近所のとんかつ屋さん。
カウンターに座って、サラダバーで山盛りに盛ったサラダをもくもくと食べ、いりゴマをすり鉢で擦りながら、とんかつの到着を待つ。熱々で分厚いロースかつはジューシーで、秘伝のたれと擦りたてのゴマに絡めて食べると、お肉の甘さがより際立った。誰かに話しかけられることもなく、お肉の味をひたすら堪能できた。

ある時は、24時間営業の深夜のファミレスの窓際。
「なんで、こんなに働いてるんだろうな」
思うように仕事が捗らなくて、時間だけが過ぎていく日。お腹がすいたのと、仕事が終わらない焦りで、心が急に疲れてきて、働くことへの疑問が湧いてくる。
深夜の暗い夜道はむなしさと心細さを増幅させる。そんな日は、煌々と明かりがともるファミレスが希望の光。
店内は、昼間と同じように客がいて店員がいて、一口さいころステーキは、ちょっと固くて食べにくいけど、この喧騒の中にいられるだけで、疲れた心に元気がチャージされた。

また、ある時は、一人レイトショー。
運よく時間ができた日は、職場を出たところでスマホでレイトショーの開始時間を確認、映画館へ車を走らせた。
夕食がわりのポップコーンとカフェオレを抱えて、座席に腰をしずめる。
気がかりな案件はあるけれど、このときばかりは、スマホの電源を切って、どっぷり2時間、映画の世界にハマる。
真っ暗な夜の世界は、余分な情報が入ってこないので、映画の余韻に浸ったまま、眠りにつけるのがよかった。

またある時は、すき家の牛丼。
同じ会社の友人が、「今、すき家で晩御飯食べてます」と深夜にLINEを送ってきたから、真似して行った。
友人お勧めの、豚汁おしんこセット。いつも通り、美味しかった。
店内での注文の仕方が分からなくて、挙動不審になったのもいい思い出。

それから、時々、友達とごはん。
「金曜の夜なら空いてるよ」
飲み会や友達に会うときは、実家の母に「晩御飯、いらないよ」と一言、断らなければならないのだけれど、夕食のない金曜は自由に約束ができた。
私も立派な大人なのだから、誰とどこで食事しようが飲み会に行こうが、実家の母は何も言わないけれど、やはりどこか後ろめたいし、めんどくさい。

日付が変わるほど遅く帰った日は、コンビニで缶ビールと、おでんやスナック菓子、アイスクリームなんかをどっさり買い込んで、ジャンクな晩御飯。

「今夜は何を食べようかな」
金曜の朝、仕事に向かう車の中で、その日の夕食のことを考えた。
こんなせいかつは、1年ほど続いた。

自由だったなあと思う。

食べたいものを、食べられること。行きたいところに行けること。
家族といると、こういう自由はなかなか手に入らない。
家事に追われ、家族の予定に振り回されているとき、あの金曜の自由な時間が恋しくなる。

子供たちが巣立って、夫と二人になれば、また金曜のひとり時間ができるかもしれないなとうっすら期待していた。
だけど、このコロナ禍で、気軽に外食できる雰囲気ではなくなってしまったし、人にも会えなくなった。どの店も営業時間がどんどん短くなっているし、売り上げにも影響があったのか、近所のファミレスは閉店してしまった。友人に声をかけるのも、はばかられるご時世。

あの楽しかった金曜日をもう一度、楽しめる日々はいつ戻って来るだろう。

今はまだ、リビングで缶ビールでひとり金曜日を楽しんでおこう。


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