見出し画像

ばあばのインスタ

「ばあば、インスタ始めました」

子どもの頃は、家に帰れば、母がいて、帰ると同時におやつを出してくれて、学校での話を聞いてくれて、夕食は家族そろって食卓を囲んだ。
そんな昭和の話は、今は昔。

共働きのフルタイム、子(2人)ありの我が家。

私にとっては当たり前だった子供時代の日常は、働きながら親になって、こんなに遠いものかと知った。
夫婦二人だけで、フルタイムで働き、子育てをする人を、noteやほかのSNSで見るにつけ、そのご苦労に脱帽する。
本当にみんなすごい。

私はと言えば、運よく、実家の母が元気で近くにいて、全面サポート体制をしいてくれている。それで、やっとなんとか暮らせている。
もちろん、親がそばにいるということは、手を出せば、口も出されるわけで、めんどくさいところもあるけれど。
でも、実家の母が、子供の頃の私にしてくれたように、孫に接してくれているのは、幼かった子供たちの、親の帰りを待つ心細さを和らげてくれたことは、とても感謝している。

そんなわけで、我が家の平日の夕食は、実家の母が作ってくれる。

母が作る料理は、私が子供のころから慣れ親しんだ味。
それを夫や子供たちも毎日食べているのは、とても不思議な縁を感じる。

そんな母は、割と新しい物好き。還暦を過ぎてから、インターネットに興味を持ち、スマホを使い、孫や私たち夫婦とLINEでやりとりし、タブレットを操作する。

だけど、ネットを始めてしばらくは、ワイドショーの延長のような芸能ゴシップばかりを検索して読み漁っていたので、社会に対する考えが偏りはしないかと心配していた。

最近は寄る年波には勝てず、体調を崩すことも増えてきた。その上、感染症騒ぎからますます自宅にひきこもりがち。
フィジカルだけでなく、メンタルや認知症も心配していた。

疲れているのに無理をして晩ご飯を作ってくれているのではないか、負担になっているのではないか。
そろそろ、潮時なんじゃないかなあと思い始めていた。

先日、久しぶりに母とゆっくり話す時間があった。
「これ見て!」
と、愛用のタブレットを指差す。
見るとYouTube動画。

「この人のサイト、面白いわよぉ〜」
まさか、また芸能ゴシップでは? と思いきや、違っていた。

中高年のファッションを指南する動画。
お金をかけずに垢抜けた着こなしをする方法、若い頃と年を経てからのおしゃれの仕方の違いなどとてもためになる情報を、同世代の女性が明るく、にこやかに解説している。
軽妙で嫌味のない言葉遣い、妙齢の女性の良さを引き出すファッション、どれも好感が持てた。
「面白い動画、見てるじゃない」
母を褒めると、
「そうなんよ。これ『安上がりで、おしゃれ』ってコメントがいっぱいついてるわ」
なかなか楽しそう。

その次の日の夕食は、麻婆豆腐だった。
辛みが少なく、ひき肉と豆腐のうまみがしっかり引き出された麻婆豆腐だった。母に「おいしかった」とLINEすると、これも料理動画から学んだレシピだと返信が来た。

どうやら、芸能ゴシップ動画を卒業し、ファッションや料理の動画を見て、生活に活用するすべを知ったらしい。

これはいい傾向だと思った。

今まで、インターネットをテレビのワイドショーのようにしか思っていなかった母は、SNSで知らない人とつながることに抵抗感をあらわにしていた。

自分の表現したものに、いろんな人からいいねが付いたり、コメントをもらったりして、知らない誰かと交流する。
ネットの世界には、そういう楽しみがあるということを知ってほしいと思っていた。その入り口に、今、母が立っている。
もしかしたら今なら、母をSNSの世界に引き込めるかもしれない。

母の手料理。
毎日、毎日、家族の体調、食べたいもの、冷蔵庫の中身、食費とにらめっこしながら作ってくれている。
食べたら消える、日々の料理たち。
私たちが「おいしい」と言えば、母は、それで十分なのかもしれないが、せっかく喜寿を越えた「ばあば」が一生懸命作ってくれる料理を、我が家の中だけに収めておくのは、もったいない気がしていた。
あと数年もすれば、孫たちは巣立っていって、日々のばあばの夕食づくりは、終わりを迎えるだろう。
記憶に残れば、思い出になればいいのかもしれない。
現代は、なんでも記録できる時代じゃないか。
ばあばの料理も記録として残しておきたい。
そして、あと数年間、できれば母には楽しんで料理を続けてもらいたい。

試しに娘に提案してみた。
「ねえ、ばあばの晩御飯、インスタに上げたらどうかな」
「そんなの、めんどくさいよ」と言われるのを覚悟していた。
ところが、意外にも、
「お、それ、いい。やろうかな」
色よい返事が返ってきた。

2020年10月1日、娘が本当に、ばあばの手料理を公開するためのインスタアカウントを作ってくれた。奇しくも、私の誕生日。

実家の母がインスタを見られるようにと、息子が、ばあばのタブレットにインスタグラムのアプリをインストール、アカウントを取った。
娘は、開設したインスタのURLをLINEで、ばあばに伝えた。
見事な連携プレー。

フォロワーは、母と私と妹、娘の本アカのわずか4人。
大した料理はない。ありふれた日本のオカンの晩御飯。
それでも、たまに知らない人から「スキ」が付くので、面白い。
写真を撮るのは、娘か私。(私が撮った日は娘にLINEで送る)
オムライスの日は、娘がケチャップでデカデカと「ばあば」と書いたり、お皿の並べ方にこだわってみたり、なかなか楽しい。
それを見て母も、見せる意識が芽生えたのか、すこしずつ料理の盛り付けや彩りが良くなってきた。
「トマトは食べられないのに、ばあばが見た目がいいって、お皿に盛るんだよ」
と文句を言いつつ、毎日更新してくれている。

コメントも孫らしくて、かわいい。

「ばあば、インスタ始めました」

厳密には運営は、娘なんだけど。

いつまで続くか分からないけれど、母や家族が楽しんでくれるように、そっとバックアップしていきたい。そしていつか、母が自分でインスタに料理をアップできるようになればいいと思う。きっと母の世界は広がる。

「あんたのインスタはないの?」
自分の料理インスタに調子づいてきた母が聞いてきた。
仕方ないので、自分のアカウントを教えた。ごくたまに料理を載せていたほかのSNSとは連携していない無難なアカウント。
noteとTwitterのアカウントはまだ内緒。




サポートいただけると、明日への励みなります。