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そうだ冬の北海道に雪を見に行こう

「そうだ冬の北海道へ行こう!」
どこかで聞いたキャッチコピーのようなことを思ったのは、かの有名な旭山動物園の園長さんの講演を聞いた時だった。

旭山動物園にいるシロクマやペンギンは、もともと寒冷地の生き物だから、真冬の寒い時期に一番生き生きします。でも、多くの観光客は涼しい夏の北海道を目指してくるので、とてももったいない。ぜひ冬の北海道に来て、元気なシロクマやペンギンを見てください。

そんな内容のお話をされていた。
講演が終わる頃には「もう行かねばならない!」となっていて、頭の中で仕事と家事のスケジュールを思い出し、「1月末なら行ける」と決めていた。

私は北海道へ向かった。
空港を飛び立った飛行機は、乗り継ぎ先の羽田空港を目指して、青空を駆け抜ける。羽田空港で新千歳空港行きの飛行機に乗り換えた。

新千歳空港へ着陸態勢に入った飛行機は、高度をどんどん下げる。
青い空と白い雲を抜け見えて来たのは、見事なグレーの世界だった。北海道特有の広大な畑と空は鈍いグレーに染まっていた。葉を落とした木々に雪が張り付き、色を隠していた。そして、白い雪がシャワーのように降っていた。
水墨画のような世界に心を奪われた。ここは雪国だ。

私は南国と呼ばれる街に住んでいる。気温が氷点下になることは、ほとんどない。
でも「ここは南国と呼ぶほど、暖かくはないよ」と、移住して来た友人たちは口を揃えて言う。
私の住む街は風が強いらしい。冬は特に西風があまりに強いと。
確かにそうだ。学生時代、その風に吹かれながら自転車通学をしていた。東に向かう朝はいい。追い風に乗って、すいすい自転車が進む。遅刻知らず。
辛いのは帰りだった。
強い西風に煽られ、自転車は全く進まない。漕いでも漕いでも押し戻される感覚。風に吹かれ体感温度は下がる。冷たい風が頰や耳に当たると、顔の筋肉はこわばり、氷のように冷え切って、勝手に流れ出る涙と鼻水でぐちゃぐちゃになる。耳はちぎれそうに痛くて、こめかみに伝わった冷たさのせいで、頭痛までする。辛いを通り越して、腹がたってくる。
「なんでこんなに寒いんだよ!」悪態をつきながら、家路を急いだ。
そんな辛い冬の通学での楽しみは、雪が降ることだった。
この街は、冬の間に、片手で数えるほどしか雪が降らない。それもちらちらと雪が舞う程度の日をカウントしてもだ。積もる日などほとんどない。だから、数年に1度大雪が降ると、急にテンションがあがるのだ。子供達は雪だるまを作り、大人たちは雪で凍った道路をノーマルタイヤで走り抜けたと武勇伝を語る。「明日は雪だって。積もったら大事な会議があるのに行けないかも、どうしよう」なんていいながら、顔がにやけていたりする。
学生時代、雪が降った日に、雪を浴びながら自転車を漕いで帰るのは、冬の唯一の楽しみだった。どんなに雪が顔に当たって冷たくても、耳がちぎれそうでも「雪の中にいる」と思うだけで、テンションが上がって寒さを忘れた。「明日積もるかもしれない」と想像すれば、「もっと寒くなれ! 積もれ!」と祈った。
雪がある風景は、私にとって非日常の世界、心が踊ることだった。

動物園は口実だった。私は雪が見たかったのだ。

新千歳空港から札幌市内まで、電車に乗った。
電車の中は暖房と満員の乗客の熱気のおかげで暖かかった。
先ほど、飛行機の窓からみたグレーの世界は、白い世界になっていた。地上は一面が雪、雪、雪。鉛色の雲は、今にも重みで落ちて来そう。太陽はどこにあるかさえ見えず、絶えず雪が降り続いている。これが北国の冬か。
カラッとして乾燥注意報の出ない日がないような私の街とは全然違っていた。

午後を過ぎて、札幌の街に着くと雪は止んでいた。やっぱり街は一面の雪。歩道も雪、歩道の左右に除雪された雪は、腰の高さになっていた。
静かだと思った。札幌は都会で、幹線道路は私の街よりずっと広くて、車もたくさん通っているのに、静かだと思った。雪に音が吸収されているのか、そんな気がするのかはわからないけれど、余計な雑音のしない湿った静かさがあると思った。

子供たちの機嫌をとるため、白い恋人パークに行ったり、札幌ラーメンを食べたりして、その日を過ごした。

次の日、目がさめると外が明るかった。「朝か」と起き上がった。窓の外は快晴だった。昨日までの鉛の雲は全くなくなっていた。
朝食を済ませ、支度をし、外に出た。
雪が溶けた湿気のある空気と、晴れた日特有の乾いた光が、いい塩梅に混ざっていて持ちがよかった。深呼吸したくなる。いや、やめとこう。空気は冷たい。

旭山動物園のある旭川まで特急列車に乗った。
車内は昨日同様暖かくて、外が氷点下だいうことを忘れる。
ああ、ここは北海道だ。
地平線の向こうまでなんにもない。見渡す限り真っ白な大地。一体どこまで続くのだろうかと思うほどに、広い。夏ならばきっとこの畑いっぱいに植物が植えられ、色とりどりの畑なんだろう。でも今は冬。夏に十分活動した大地は、真っ白な雪の中で、冬眠している。白い白い眠った大地の向こうには、そこにもまた白い雪をかぶった山が青く浮かんで見えた。山の背後には、真っ青な空。白と青の世界が、ずーーっと続く。せせこましい扇状地で暮らす私には見たこともない広さ。
もう、ちっちゃい事なんかどうでもいいんじゃない? と、風景の声が聞こえてきた。

動物園を堪能し、ホテルのある札幌へ戻る。帰りも特急列車に乗った。

夕日がオレンジ色に輝いていた。白い雪をオレンジ色に染めていた。広い何にもない土地の、その向こうの地平線に沈む夕日は、西部劇のラストシーンのようだった。園内を歩き疲れて、眠ってしまった。気がつけば、すっかり暗くなった札幌に着いていた。

夕食を済ませ、ホテルにもどった。
子供たちを寝かしつけ、夫と部屋を抜け出した。向かったのはホテルのバーラウンジ。二人で飲みに行くことなど、子供ができてからほとんどしてなかった。この機会を逃すとまた当分そんな日は来ないと、二人でこっそり計画していた。

バーは落ち着いた雰囲気のお店だった。私たちのほかに、サラリーマン風の男女が入り混じったグループと、年配の夫婦がいた。
窓際に案内された。
ホテルのバーの窓からは札幌のメインストリートが見えた。歩道の街灯は積もった雪を照らしていた。車のヘッドライトが、キラキラして見えた。
お酒が届いて、夫とくだらない話を延々とした。子供のこととか、仕事のこととか、昔の話とか。話に夢中になっていたけど、ふと我に返って、窓の外を見ると雪が降り始めていた。昼間あんなに快晴だったのに、急に雪が降ってくることも、私には珍しいと思うことだった。
時間が遅くなるにつれ、車の通りも少なくなり、歩道を歩く人もいなくなった。
街灯にしんしんと降る雪が照らし出される。
静かなその光景は、ニューヨークの冬の街並みのようにも見えて、ちょっと外国にいるような気分になって、おしゃれだなあって思った。
夫と二人で、こんな光景を見られたのもよかった。

次の日はもう帰る日。旅行中で一番冷え込んだ。
新千歳空港へ向かうJRのホームの気温はマイナス4度。
顔が痛い。帽子をかぶっていても、寒さが侵入してくる。ああ、ここはやっぱり雪国だった。でも、やっぱり雪いいなあって思った。

たったの3日だったけど、北海道で見た雪は、様々にその姿を変えてくれた。
水墨画の世界、広くて真っ白な澄んだ世界、ちょっとおしゃれな世界。
雪ってすごいなあ。ただの白い氷の粒なのに。なんかいい。

それは、私にとって雪が非日常だからだろうとは思う。
北国の方は、毎日雪かき、雪下ろしにご苦労されているそうで、本当にお疲れ様ですと申し上げたい。

雪がいいなあなんて、雪のない街に住んでいる人間の戯言だ。でも、寒冷地に住む方が、暖かい街に来て「やっぱり暖かいのっていいよね」って呟いているくらいのものだと思ってお許しいただきたい。

冬の北海道に行って、冬の北海道がますます好きになった。今度行くときも冬に行きたい。できればオホーツクの流氷や、もっと北の方を目指したい。雪の荒々しさもきちんと見ておきたいと思う。そのいつかは未だかなってない。でも必ず!

「もう、行くときは一人で行って」
と、寒さに弱い家族にはそっぽを向かれたので、次は一人旅になりそうだ。

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