マルクス・ガブリエル「世界史の針が巻き戻るとき」を読んで。
気鋭の若手哲学者ドイツ人のマルクス・ガブリエル「世界史の針が巻き戻るとき」読了。
彼の視座に共鳴したポイントは、インターネットを信じていない点にある。
インターネットやAIは統計であり、人類を幸福にはしないと断じている。
Google、Amazon、FaceBook、Apple=GAFAに、只で働かされている現代人という視点。(こうして、僕のように、せっせとコンテンツをSNSにアップする行動が、無償の労働でただ働きさせられているのだという)
インターネットや機械は良く働くけれど、信用には値しない。
信用性と機能性の混同が、現代人の抱える病だと。
SNSがアメリカ発信なのは、アメリカ人のメンタリティが、他人から見た自分が輝いているかどうかが重要だからだと。
ドイツ人にはそのような思考はなく、自分が人生を謳歌してるかどうかが重要。日本の若者にとっても重要な視座だと思う。
また【新しい実在論】では、善悪は存在せず「あなたの対話相手は何かのイデオロギーの代弁者だという考えを捨てる」という観点が重要との事。
また、キリスト教を安全な宗教だと勘違いしている日本人が多い事も指摘しており、キリスト教ほど人を殺した宗派はないと指摘。
さらに、全ての企業は倫理部を作るべきだとの主張も。科学やテクノロジーに秀でた人間に、会社の方向性や倫理観を問うのは根本的に間違っていると。
概ねの主張には賛同ができたが、演繹的な手法による、西洋哲学の側から、仏教=禅宗に近い考え方をしていると感じた。
西洋の哲学者やインテリ層が、仏教に飛びつく場合、だいたい禅宗なのが残念でならない。
彼が日本を見た時に感じるのが・・
◆精神の可視性=非常の可視化されたメンタリティを持っている。→ドイツでは他人の気持ちを読むことがアンフレンドリーになるが、日本では逆のことが起こっている。
◆日本はソフトな独裁国家。
→完璧なシステム社会の中で、時間に遅れはならない、問題を起こしてはならない。精神性を抑えつけられ、テクノロジーへの服従を強いられているような感覚。
これから注目して行きたい哲学者だし、大きな組織や、イデオロギーに隷属してしまいがちな人に、是非とも読んでブレイクスルーして欲しい一書だ。