第11話 通話の男、渡辺透 【渡辺透クロニクル】

 渡辺透は電話をかけた。非課税世帯への現金給付の書類が届いていないというクレームの電話である。ホームページに記載されたフリーダイヤルにかけると、女性オペレーターが出た。以下は渡辺と女性オペレーターの通話記録である。

女性オペレーター(以下女性)「お電話ありがとうございます。緊急支援コールセンターです」
渡辺透(以下渡辺)「あのー、給付金の書類が届かないんですけど。発送日から1ヶ月経ってるんですよ」
女性「大変申し訳ございません。非課税世帯であるかの調査をさせていただきます。世帯主でしょうか? 単身者でしょうか? 生活保護の方でしょうか?」
渡辺「はいそうです」
女性「生活保護は最近受けられましたか?」
渡辺「もう10年以上になりますが」
女性「最近区外から引っ越してきましたか?」
渡辺「してません」
女性「では今回の給付金の対象者である可能性があります。調査をするに当たり、生活保護を受けられた正確なお日にちが必要となります」
渡辺「そんなの覚えてるわけないじゃないですか」
女性「では一度区役所で受給者証明書を発行していただけますか」
渡辺「なんでそんなことしなきゃいけないんですか? 世帯主で、単身で、生活保護で、おまけに団地住みですよ。100%給付金の対象者じゃないですか」
女性「口頭での調査では、対象の可能性が高いと思われます」
渡辺「高いも低いもないでしょ。100%間違いなく誰がどう見たって対象者じゃないですか」
女性「あくまでも口頭での調査なので、一度調査する部署へ書類を提出する必要があります」
渡辺「給付金の書類が届かないから再送してくれって話なのに、なんで対象者かどうかの審査で書類を出さなきゃいけないのかまったく意味がわからないんですが」
女性「給付金の書類の再送のために、対象者かどうかの調査をしなければなりません。最短で2日ほどお日にちいただきますがよろしいでしょうか」
渡辺「よろしいわけないでしょ。だから、僕は対象者なんですよ。どっからどう見たって。10年以上生活保護だし、最近別の区に移ったわけでもないし、あなた聞いてどう思います? 100%間違いなく給付金の対象者だと思うでしょ?」
女性「口頭での調査では対象者である可能性が高い、と思われます。正確な調査が必要なので、区役所で受給者証明書を発行していただいて、こちらに送付してください」
渡辺「そもそも、なんで書類が届いてないんですか?」
女性「対象者でない方には書類は発送しません」
渡辺「僕は確実に対象者だから発送してますよね。ほかに理由はあります?」
女性「トラブルや手違いで発送されていない、もしくは別の場所に発送されている可能性もあります」
渡辺「そっちが悪いんじゃん。そっちが発送ミスしたから100%給付金の対象者である僕のところに書類が届いてないんでしょ?」
女性「大変申し訳ございません」
渡辺「ちょっといいですか。この件について僕に非ってありますかね?」
女性「いえ、一切ないと思われます。大変申し訳ございません。こちらは東京都から委託されている株式会社****ですので、役所のことはわかりかねます」
渡辺「じゃあこの電話意味ないんですね。切ります」

 渡辺は、区の管理課なるところへ電話をかけた。初老の男性が出た。

渡辺「給付金の書類が届いていないんですが」
管理課の初老の男性(以下初老)「お名前と生年月日を教えてください」
渡辺「(略)」
初老「3週間前に送ったみたいですね」
渡辺「届いてないですね」
初老「じゃあ再発送しますね」
渡辺「お願いします」

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