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田は小説が書けない

僕がその男、 たなかばっくすぺーすと出会ったのは、中学1年のときだった。少し仲良くなると、彼は、小説を書いていることを教えてくれた。
2年生に上がったとき、僕は彼に、
「小説は書けたかい?」
と訊いた。
すると彼は、
「まだ、構想中なんだ。」
と答えた。
「随分と時間が掛かっているね。一体どんな小説なんだい?」
と訊くと、
「全く新しい小説を書くんだ。だから、なるべく小説は読まないようにしている。影響を受けない為にね。」
と答えた。
結局、彼は卒業まで小説を書かなかった。
高校も彼と同じだった。僕と彼は文芸部に入ったが、彼は滅多に来なかった。たまに僕が、今日は詩の日だよ、と教えると、彼は来た。
変化が起きたのは1年生の夏休み前だった。
彼は紙の束を持ちながら、僕にこう言ってきた。
「僕はなるべく小説を読まないようにしてきたが、全く読んでいない訳ではない。だから、完全に新しいものは書けない。では、どうすれば良いか。小説を全く読んだことのない動物に書いてもらえば良い。そういう訳で、ペットの猫をキーボードの上に乗せてみたんだ。」
彼は、僕に紙の束を渡してきた。

墓掘り キリスト教の葬式で埋めてやっていいもんかな、てめえ勝手に救済ねがっておっちんだ娘っこなんぞを?
相棒  いいってことよ。つべこべいわんと掘りゃいいんだ。検死のお役人がしらべてみて、キリスト教の葬式でええといっただからな。

読んで僕は言った。
「これは、シェイクスピア作・野島秀勝訳の『ハムレット』だよ。小説じゃなくて戯曲だよ。」
彼は驚いた表情になって言った。
「それはおかしい。僕の猫の名前はドフトエフスキーだよ。」
彼は私立理系に進むと言って、国語の授業でも小説を読むのを拒むようになった。
次に変化が起きたのは、2年生のとき。彼は僕にこう言った。
「時刻表や商品のカタログのような、明らかに小説ではないものからスタートして、だんだんと小説に近づけていくことで、極限まで破壊された小説を作るんだ。」
彼は、小説以外のあらゆるものを読んだ。詩や戯曲、エッセイ、文芸評論は当然、ありとあらゆる国の物語 、童話 、伝説 、神話、民話、ありとあらゆる学問(哲学、言語学、歴史学、考古学、文化人類学、法学、数学、物理学、化学、生物学、地学、天文学、心理学、医学等)の解説書、論説文や議論文、さまざまな記録、商品の説明書などを読んだ。新聞は、五大紙全てと地方紙を毎朝読んでいた。
彼とコンビニへ行ったときの話をしよう。まず、看板を読み、ポスターを読む。雑誌コーナーで、今日発売のものに目を通し、買おうとしている商品に書かれている、原材料や注意書きなどの文字を全て読んでから買う。帰りにフリーペーパーを持って帰る。
彼をデモに誘ったことがある。デモの間、彼はずっとプラカードを読んでいた。その為に参加したのだろう。
卒業の間際、彼はプログラム言語にハマっていた。JavaにJavaScript(僕は未だに違いが分からない)、PythonやRuby、RustにC++などの実用的な言語だけではなく、wenyanやWhitespace、Shakespeare、velatoなどの言語も勉強していた。
彼は、あるとき、僕に真っ白な画面を見せて、
「これは小説かな?」
と訊いてきた。おそらく、Whitespaceで何か書いてあるのだろう。彼は僕を何故だか信頼していたので、僕は見栄を張り、
「ここは、どうなっているのかな?」
と画面を指差して言った。
すると彼は、なにやら操作をし始めた。そして、
「確かにここはおかしい。」
と言った。
何がおかしいのかは未だに分からない。
このあいだ、2年ぶりに彼に出会った。
「小説は書けたかい?」
と訊くと、彼は困った表情になって、こう答えた。
「ずっと小説を読んでいないから、小説がどんなものか忘れてしまったんだ。」
彼が小説を書ける日はいつになるのだろう。



小学生の頃、作文の宿題が出た。何について書けという課題だったかは覚えていない。僕は書けなかったので、「どうして作文を書けないのか」という内容の作文を書いた。なんてオリジナリティ溢れているのだろう、と、思った。しかし、同じ内容を書いてきた奴がクラスにもう1人いた。非常に驚いたので今でも覚えている。
もう1つ覚えているのは、いつも宿題をやってくる奴が、書けませんでした、と、言っていたことだ。そいつのことだから本当に書けなかったのだろう。
そいつは真面目で、僕は不真面目だった。

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