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パラスイマーの練習記録が、人を動かすラジオになった【くぼいすさんインタビュー】

Radiotalkで活躍する音声配信者「ラジオトーカー」を紹介していく連載インタビュー企画。今回は、番組『くぼいす〜今日も明日もポジティブ〜』を配信する、KuVoice(くぼいす)のお二人にフォーカスします。

くぼいすは、元体育教師でパラスイマー(水泳選手)の久保大樹さん、同じく元体育教師で久保さんのコーチを務める柴谷拓耶さんのコンビ。大会出場の模様など、パラスポーツの舞台裏をリアルに伝えるトークや、日々の練習後に収録するフランクな振り返りトークが人気を集めています。

プロフィール

東京2020オリンピック開会前日の2021年7月22日深夜には、MBSラジオ『あどりぶラヂオ』で約2時間のパーソナリティを担当し、パラスポーツへの思いを語った二人。コンビを組み始めたきっかけ、音声配信を始めた意外な理由、リスナーとの関係性から見えてきたのは、アスリートとしての揺るぎない姿勢でした。

(取材/文:天谷窓大

“同業仲間”がパラスイマーとコーチになるまで

──パラスイマーとトレーナーという間柄になって3年というお二人ですが、そもそもの出会いはいつだったのでしょうか?

久保:もともと二人とも教員をやっていたんです。柴谷さんは保健体育の教師をやってはって。僕はその後大学を卒業して教員になって。二人とも水泳部の顧問を務めていたんです。あるとき、水泳の大会で若い先生同士が交流する機会があったのですが、その中に柴谷さんがいて、というのがきっかけでしたね。

──最初は水泳部の顧問同士だったんですね。そこからどのような経緯を経て、パラスイマーとコーチという間柄になったのでしょうか。

久保:僕が違う県の学校へ異動したのですが、そこで病気になって、体育教師の仕事を続けられなくなってしまったんです。

人生のグラフでいうとガクッと下がってしまった状態で、「この先どうしていこう」と。そこから少しずつリハビリをするなかで、パラ水泳に出会ったんです。東京パラリンピックに行くのであれば、そもそも本腰入れてそろそろ環境とかコーチとかを整えないといけない、というタイミングで柴谷さんと再会しました。

柴谷:久保さんが練習できる環境がないっていうことを知ったので、「自分が練習する場所で、同じ時間に練習したらいいんじゃないか」と、自分が使わせてもらっていたプールに誘って、一緒に練習を始めました。

久保さんの仕事が終わって、行けるときに泳ぎに行くということを半年ほど続けていたんですが、久保さんの転職や、コロナ禍で大会がなくなったこともあって、「もっと時間をかけて、しっかり取り組もう」と、フルタイムでマンツーマンの体制に移行していきました。

──いまはどんなスケジュールで練習していますか?

柴谷:基本的に月曜から土曜まで稼働しています。そのなかで火曜日は2回練習するので、朝8時ぐらいに行って1時間ぐらい体を動かして、2時間ぐらい水中練習して、その後30分ぐらいストレッチとか、ケアを行います。

午前中の練習を終えたらご飯を一緒に食べに行って、午後はまた同じような形で練習です。30分体を動かして、1時間水中トレーニングして、1時間ストレッチして終わり。1日2回練習する日に関しては、8時間ほど練習していますね。

──文字通り、1日中……

柴谷:そうですね。ご飯食べてるときもそうですし、練習の行き帰りもそうなんですけど、基本的にこの1年は久保さんとほとんどずっと一緒にいましたね。

久保:練習以外の時間もふくめてずっと一緒に生活していましたね。合宿でも宿舎が同じだったし。とにかくめちゃくちゃ話をしてきたな、と。水泳の部分もだし、家族のことも仕事のこともいろんな話をしてきたなという印象があります。

二人で交わした会話を残しておきたかった

──音声配信を始めようと思ったきっかけは?

柴谷:一緒に音声配信をやろう、と誘ったのは僕からですね。

練習を重ねるなかで、「あのとき、何話してたっけ?」と思い返すことがたびたびあって。当時の練習メニューやタイムの記録は手元にあったんですが、その際に二人でどんな会話を交わしていたか、という記録が残っていなかったんです。それを残しておきたいな、と思ったのが直接の動機でした。

水泳選手は「練習ノート」を書いたりするものなんですが、僕も久保さんも、お互いそれが苦手なタイプで。マメに書き残すことはできないけれど、毎日、毎回すごくいい会話をできているから、それを残したいなと。ちょうど久保さんがラジオ好きだったので、音声で残せたらいいなと思ったんです。

収録風景

──「練習時に交わした会話を残す」ことがスタートだったのですね。

柴谷:ちょうどあのころはコロナ禍の始まった時期で。1年後にあるかどうかわからないパラリンピックを目指さなければいけないのは非常につらい気持ちだったのですが、「やるからには、いい方向を向いていきたいな」と、練習を続けることにしたんです。

一緒に下を向いて共倒れになってしまうのではなく、「こんな状況でもパフォーマンスを上げたぞ」と言える形に持っていきたいなと思って。だからこそ、普段の考えや、発する言葉はできるだけいいところを探したり、いいことを言って終わろうと。

自分たちの音声を誰かが聞いているかもしれないと思えば、必然的にポジティブな言葉を発さざるを得なくなって、結果、本当にポジティブな思考回路が出来ていくんじゃないかと思って、「まずは1ヶ月やってみよう」とスタートしました。

「自分たちにしか出来ない」配信スタイル

──偏見になってしまいますが、アスリートの方たちのラジオは「意識高い系」「“べき論”が多い」というイメージがありました。

久保:僕も、そういった意識高い系のノリになってしまうのをすごく懸念していました。練習の振り返りをして、点数をつけて、ポジティブに終わる…… 結局のところ僕らの自己満足じゃないか、誰がこんなものを聞くんだ、と。

でも、それこそ1年後にあるかどうかわからないパラリンピックに向き合い方を考えたとき、こうやって「練習のたびにラジオを録る」ということが、ひとつの切り札になるんじゃないかと思ったんです。

「番組を収録していない」ということは、「自分たちが練習をしていない」と発信することとイコールになる。僕もええかっこしいなところがあるので、「もしかしたら若いパラスイマーが聞いているかもしれないな」と思ったら、適当なことを言うわけにはいかないな、と。

聞いてもらう人を増やしたいというよりかは、聞いた人が面白いと思ってもらえるような形にちょっとでも変えていきたい、という思いが芽生えてきましたね。

なにより、「現役のパラスイマーが練習帰りにしゃべる」というスタイルは、僕たちにしか出来ないことだなと気づいたんです。当初はこのスタイルに反対していたんですが、柴谷さんの言う通り、1年間実際に続けてみたことは正解だったなと、いまとなっては思っています。

──自分たちにしか出来ない話がある、と。

久保:番組を始めたのはコロナ禍に入ってすぐのタイミングでしたが、当時はどの選手も同じ気持ちだったと思うんですよ。1年後にあるかどうかわからないオリンピック、パラリンピックに向けてどう頑張っていったらいいのか、迷いや悩みがあったと思うんです。

それでも僕らは未来を信じて、パラリンピックを目指すと大々的に宣言して、その思いをリスナーさんに「聞いてください」と伝えました。それが実際に身近なパラスイマーのもとにも届いて、多少なりともそこから思いが伝染していっているなと思うんです。「この人はあきらめていないんだ、マジで行くつもりでおるんや」と。

アスリートのみんなが「1年後のオリンピック、パラリンピックに向けてどうしたらいいか」と悩んでいるなかで、「やっぱり目指すんだ」と踏み出す一歩目を担うことができたのではないかと自負しています。

柴谷:「そういう聞き方をしてくれていたんだ」と知ることも多くて。実際に水泳をされている方で、「こういうところを参考にしています」という声をいただくこともありました。こうして続けてきた配信が、僕たちにとっても一つひとつの“足跡”になったのかな、という思いがありますね。

オリンピック前夜にラジオパーソナリティを担当

──東京オリンピック前日の深夜、MBSラジオ『あどりぶラヂオ』で2時間弱のパーソナリティーに抜擢されました。

久保:「地上波のラジオに出るなら、こんな感じでやりたいね」という構成のライブ配信をしたことはあったのですが、まさかこのような形で抜擢されるとは思わなくて、とても驚きましたね。

オリンピックやパラリンピック開幕の時期ということもあったので、僕らがこれまで残してきたものを全部乗っけたいなという思いで収録に臨みました。

──地上波でのパーソナリティを担当して、いかがでしたか。

久保:いや〜、めっちゃくちゃ楽しかったですね! 柴谷さんは「2時間もしゃべれるか?!」と及び腰だったんですが、僕はもう「絶対しゃべります!」と。案の定、最後の方は時間が足らなくなるほどでした。

ずっとスマホだけでラジオをやっていた僕らからすると、「自分たちがラジオ局のスタジオで番組をやる」というのは、夢のようでしたね。僕はラジオがずっと好きだったので、めちゃくちゃ嬉しかったです。

──たしかに、嬉しさが声からも伝わってくる放送でした。

久保:いつもはふざけ合いながらトークしているので、本番でもふざけてみようかなという気持ちが片隅にはあったのですが(笑) これをきっかけに初めて僕らの話を聞いてくれる人も多いだろうなというのもあって。

自分たちがいま置かれている状況も踏まえて、おふざけは控えめにして、真面目にメッセージを語るかたちにしました。いま考えると、それがよかったですね。

柴谷:僕は会話をするのは好きなんですが、あまり前に出て話すことは苦手で。でも、こうしてパラ水泳という競技の面白さを多くの人に伝えさせてもらえたことは、本当に貴重な機会でしたね。これをきっかけに、オリンピックやパラリンピックが盛り上がって、もっと面白く感じてもらえたらいいなと思いました。

──おそろいのTシャツで収録に臨んでいましたね。

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柴谷:とあるトーカーさんが企画して作ってくれたTシャツなんです。番組のなかでも、トーカーさんが作った曲を1曲流させてもらったり。Radiotalkで出来たつながりを通じて応援してもらったり、また新たなつながりが出来たのも、すごく嬉しかったですね。

声を通じてつながる「応援団」

──お二人にとって、Radiotalkは「ひとつのコミュニティにいる」という感じでしょうか。

柴谷:そうですね。そんな感覚のほうが僕は強いですね。しゃべり手とリスナーというよりは、友人同士に近い感じがします。

久保:スクラムを組んで、一緒に進んで来てくれた仲間というか。「応援してくれた」ということが、僕の中では大きかったですね。コミュニティというよりかは、「応援団」というような。

柴谷:『あどりぶラヂオ』でも話題に上げたのですが、「群ちゃん」というトーカーさんがいて。パラリンピックの代表選考を兼ねて僕らが出場したレースを、自身のライブ配信で実況してくれたんです。

もう1週間くらいかけてみっちり準備してくれて、当日も半日にわたってずっと僕らのレースを実況してくれて。「一緒にスクラムを組んでいた仲間たち」とゲストに招きながらトークを盛り上げてもらって。いざ久保さんのレースが始まる、というときには、「一斉にみんなでレースのYouTube配信を見ながら応援しよう」と呼びかけてもらったんです。

このライブ配信のアーカイブを聞いてもらえると、僕らが感じたことを理解してもらえると思います。

▼レース中の実況ライブアーカイブ

──お二人にとって、Radiotalkとはどんな場所ですか?

久保:僕はもう、完全に「武器」だと思っています。

水泳という競技は、ひとりで戦うように見えて、実は結構チームプレーで。泳いでいるプールでも一緒にがんばるメンバーがいたり、タイムを測って戦術を考えてくれる人がいたり。とくにパラ水泳だとそこにサポートしてくれるスタッフさんがついてくれたりして、ひとつのチームになっているんです。

僕はRadiotalkも「チーム」だと思いました。パラリンピックに向けて1年間練習を重ねて、最終選考会にも挑みましたけど、Radiotalkを通してつながったみなさんの存在は、僕にとってすごい武器になりましたね。

──まさに、声を通じてつながる応援団ですね。

久保:直接、みんなの声を感じるんです。配信に対してコメントをしてくれることもそうですし、群ちゃんのように僕の戦いを直接声で実況して伝えてくれる人もいる。試合そのものは無観客だったんですが、後ろには確かにみんながいてくれて、声が聞こえていましたね。

▼レース直後に行ったライブ配信

自分たちのトークが、誰かの人生を動かしていた

──これまで配信を続けて、印象に残っていることはありますか。

久保:とある試合の場で、知り合いのジュニア選手の親御さんから「いつも番組を聞いています」と声をかけていただいたことがあって。

パラ水泳、ジュニアの世界ではまだ十分な数の指導者がいなくて、親が半分コーチの役割を担わなければいけないことが多くて。どうやってパラ水泳を学んだらいいのか、というなかで、僕らのラジオが参考になったそうなんです。「久保さん、柴谷さんはこういう練習をしているんだ」と。それを聞いたときは、めちゃくちゃびっくりしましたね。

柴谷:僕たちのトークを聞いてパワーをもらった、エネルギーをもらったという連絡をいただくこともありました。僕たちが直接それを想定して発信していなかったからこそ、「こういうふうに聞いてくれているんや」という嬉しさが大きかったですね。

──お二人のトークが、まさにいろんな人の人生を動かしているんですね。

柴谷:あと一番嬉しかったのは、「二人のトークを聞くようになってから、スポーツを見るようになった」とか「初めてパラ水泳を見た」という声ですね。僕らのトークがそういうきっかけになれたというのは、めちゃめちゃ嬉しかったですね。

スポーツを音声で楽しめる場を

──今後、取り組んでみたいことはありますか?

久保:ラジオパーソナリティのレギュラー、もらえないですかね(笑)。って、それは冗談半分、本気半分といったところなんですが、いままでやってきたことを貫く、ということは変わらないですね。番組を通じて、一人でも多くの人にパラ水泳を見てもらう、そしてパラスイマーのことを知ってくれたらと思います。

すごい力を持ってるんですよ、パラリンピックって。僕自身が病気をしてどん底のときに見て、「自分もがんばらなあかん」と思えたぐらいパワーがあるものなので。それを一人でも多くの人に見ていただきたいという思いは貫いていきたいですね。

僕自身も、これからまだまだ水泳選手として頑張っていきますから。中途半端で終わらないように、もう一回みんなに応援してもらえるような、「くぼいすを応援してよかったな」と思ってもらえる取り組みを続けていこうと思います。

柴谷:Radiotalkの中にも「スポーツカテゴリー」みたいなのができたら嬉しいですね。純粋にスポーツを楽しむというか、純粋にスポーツの配信を聞けて、応援してもらえるような場があったりしたらいいなと思ったり。

いま、僕らの番組のなかでも『PARA STUDIO(パラスタジオ)』と銘打って、パラスイマーを深堀りしていくシリーズを始めているんです。僕らだけではないスポーツ選手の方とか、マイナースポーツをしている方の発信の場にもなったらいいなぁと。スポーツを音声で楽しめるようになったら面白いなと思いますね。

久保:僕が健常者のときには、視覚障がい者の人が音声やラジオをすごく楽しみにしているということを全く知らなかったんです。でも僕も病気を経てパラスポーツの世界に飛び込んだときに、さまざまな障がいの形があって、さまざまな生活の仕方があるんだなということを実感して。そうしたことを身を持って感じた僕らだからこそ、できることがあるんじゃないかなと。

▼東京パラリンピック2020 水泳金メダリスト・鈴木孝幸選手、水泳銀メダリスト・富田宇宙選手、木村敬一選手が登場したライブ配信アーカイブ

僕らはパラアスリートなので、全盲のチームメイトもいるんです。動画だと難しいけれど、音声だけの配信なら、彼らも楽しむことができる。いつか、一緒に配信に加わってくれたときのことも考えて、「目が見えなくても楽しめるコンテンツにしよう」という点は大事にしています。

目が見えない人にとって、ラジオや音声は非常に大きなコンテンツなんですよ。同じパラアスリートとして、その発信を僕らがやる意義は非常に大きいんじゃないかと思っています。

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