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銭湯での出来事

先日、近所のスーパー銭湯に行った。
いくつかの湯船に浸かり、その後、サウナへ。
雛壇上になった一番下の段に僕は座った。
すると、後ろの男性二人の会話が聞こえてきた。
「サウナ来るときはいつもメガネなんだけど、今日はコンタクトで来ちゃったから、さっきもそこでつまずいたよ」
とかなんとかいっている。
どうやら彼は、お風呂に入るがためにコンタクトを外したようだ。確かに、サウナにコンタクトは危険と聞いたこともある。でも、そんな僕はコンタクトしたままサウナに入っているが。それはさておき、
彼は友人らしき人物にこう続けた。
「でも、メガネの時もフレームが熱くなるから、メガネはサウナ入り口のメガネ置き場に置いてくるから、サウナのテレビは全然見えないけどね」
と。
サウナに来るときは、コンタクトからメガネに替え、そのメガネも、サウナ室内に入るときは、メガネ置き場に置いて入る。なかなか几帳面な男だ。
そんな彼は、
「熱いから、水風呂行くよ」
といって、友人らしき人物を残し、サウナ室から出ていった。
チラリと顔を見たら、色白で、神経質そうな顔をしている。先程の会話から、彼は近眼なのだろう。それも手伝い、眉間にシワを寄せて眼を細めているので、余計に几帳面で神経質に見える。
彼が出ていってすぐに僕も出ることにした。
僕はサウナはあまり長く滞在できないタイプで、小刻みに水風呂とサウナを繰り返すのが好みだ。
僕はサウナを出て水風呂に向かい、浴槽のへりにおいてある桶を手に取り、かけ湯をした。
ふと、水風呂の浴槽に目をやると、先程の近眼神経質男が、肩をすくめて、水風呂の冷気に耐えている。
ところがである。
先程まで、サウナ室内であんなに裸眼による風呂の不具合を嘆いていたのに、水風呂の彼はメガネをかけている。
「?」
彼は、今日はコンタクトでこのスーパー銭湯に来たはずだ。
そして、コンタクトを外し、風呂及びサウナを楽しんでるはず。そのためにつまずいたとも言っていた。
なのに、なぜメガネをかけているのか。
そんな疑問を尻目に、彼は、水風呂から出て、
泡風呂の方に向かった。
僕は、腑に落ちなかったが、水風呂から出て、再びサウナへ。
サウナに入ると、すぐさま、小太りの中年男性一人が、
「ふぅ~」
といって、出ていった。
すると、3分もしないうちにその小太り中年男がまた戻ってきて、眼を細めながら、キョロキョロしている。
何かを捜しているようだ。
室内にいた数名の客も、彼が何を捜しているのかはわからないが、キョロキョロと協力しているような動きになった。僕も一応、キョロキョロ見渡してみる。
一人の男性が彼に
「何かお捜しですか?」
と尋ねた。すると小太り中年男は、
「いや~・・・メガネが見あたらなくて・・・」
僕はすぐに気が付いた。
(さっきの近眼神経質男、他人のメガネしてる!!)
僕は小太り中年男に即座に教えようと思ったのに、なんとなくタイミングを逃してしまった。
そして、一度タイミングを逃すと、なかなか難しい。
だって、近眼神経質男は全くもってアカの他人だ。
アカの他人の男のサウナ及び銭湯におけるメガネ事情と本日のみコンタクトでやって来た、等と言う話をこれまたアカの他人の小太り中年男にするのも変な感じがする。
男と女の三角関係なら
「あんた、あの子のなんなのさ!」
とリーゼントのジョニーに詰め寄られること間違いなしだ。
そんなどうでもよいことを考えてるうちに、眼を細めた中年男はサウナから出ていった。
こうなったら、彼と会話していた友人らしき人物が頼りだ。奴が、サウナからでて、メガネをしている友人に
「あれ!?なぜメガネをしているんだい?!」
とかなんとか云えば、解決するだろう。
そんな期待を胸に、やつの方を見てみると、
色白神経質男の友人だけあって、やつもなかなかの色白っぷりだ。身体も細くガリガリ。何が目的でそんなにサウナの熱に体をさらすのかわからないが、やたらと我慢強く、一向にサウナから出ていこうとしない。
まあよい。所詮は他人と他人のお話だ。
僕には関係ない。知らなくてもよいことを知ってしまっただけのことなのだ。
ドラマなどでも知りすぎた人物は、事件に巻き込まれて殺されたりする。
他人のメガネのことで殺されでもしたら、僕の魂は浮かばれないだろう。
だから、僕は、はじめから何も知らなかった。
そういうことにした。
ところがである。
僕がサウナから再び浴室の方に向かうと、
他人のメガネをかけているであろう神経質男が、湯船を楽しんでいる。僕は、その事実を忘れるため、彼の居ない湯船を選んで浸かるようにしたのだが、
そんなときに限って、神経質男は、僕と同じ湯船に入ってくる。他人の物とは云え、メガネを手に入れた近眼神経質男は、そのメガネの効力でフットワークは軽い。
おそらく、レンズの度数も、自分のメガネとあまり大きく違わないのだろう。
僕は、彼から逃れるかのごとく、別の湯船を求めて彷徨い歩く裸の放浪者となった。
身体の疲れを癒し、リラックスするためにやって来たスーパー銭湯で、こんなにも気を遣うことになろうとは、お釈迦様でも知るよしもない。
しばらく姿をくらましていた、メガネを無くした小太り中年男が、店員と共に浴場内に入ってきた。
彼は店員に助けを求めたのだ。
小太り中年男と店員は、サウナ入り口のメガネ置き場の辺りを捜索している。
「違う!違うんだ!そんなところにメガネはない!」
僕は心のなかでそう叫んだ。
ああ、なぜ僕は、こんなときに微妙に気弱なのだろう。
もっとメガネについて大胆になれないものか。
僕は、自分のふがいなさを嘆いた。
すると、全身真っ赤なゆでダコのようになった色白神経質男の友人らしき人物がサウナから出てきて、
かけ湯をしている。
そのゆでダコっぷりからしても、サウナ根性の備わった人物だといえよう。そして、驚くことに、そこまでサウナ熱に耐えたその男は、かけ湯だけをして水風呂には入らない。
そのまま、フラフラと浴室内を歩いている。なかなかのサムライである。
すると、サムライは、炭酸風呂にのんきに浸かる他人のメガネをかけた友人を発見した。
僕のいるところから、二人の会話は聞こえないが、
その身振り手振りからすると、
神経質男はないはずのメガネをかけていることに気が付いたようである。
かなりの長時間サウナに入り、その後、水で冷やすこともしないサムライの働きっぷりには感服する。
さて、その後、小太り中年男の手にどのようにしてメガネが戻るのか、気になるところではあったが、彼にはサムライが付いている。
きっと、事なきを得たことだろう。
気の毒なのは、小太り中年男だ。
いや、一番の被害者は僕かもしれない。







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