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「省エネ男子、空港に行く」第4話

第1話はこちらから

朝から通算3機目の離陸を見届けたあと、今日は忘れまいと、セブンティーンアイスの自販機に向かった。

選んだのはチョコミント、小さい頃からいつもこれを買ってもらってたんだよな。

すぐ近くのベンチに座り、撮ったばかりの写真をスクロールしていく。

無我夢中で撮っていたから気が付かなかったけど、ピントが合っていなかったりブレていたり自分の指が写り込んでいたりで、まともに撮れているもの以外を消していったらあまり残らなかった。

そもそも写真のスキルなんて持ってないし、上手な撮り方なんて知らなかったから、ある意味当然の結果だ。

今までは有り合わせで写真を撮っていた分、被写体の写りなんて心底どうでも良かったし気にもならなかった。

同じ写真部に所属している「ガチ勢な」奴らが、部会のたびにカメラの角度だの太陽の位置だのあーだこーだ言い合っている姿を見ては、何がそんなに面白いのか全く理解できずうんざりしていたのにな。

撮りたいものが見つかると、シャッターを切るのが面白くなるのか。あと20分くらいしたら、また飛行機がやってくる時間だ。今度はどんな風に撮ってみようかな。

写真を眺めながらあっという間にアイスを食べ終え、残ったプラスチックの持ち手をゴミ箱に捨てた時、ふと我に返った。

待て。待て待て。どうしちゃったんだ自分。
なんで写真ごときでこんな熱くなってんの?

写真部の課題なんてもうとっくに終わってんじゃん。何かに夢中になるなんて自分らしくないじゃん。昨日まで何事にも無関心な自分だったじゃん。


省エネが、唯一のアイデンティティだったじゃん。


突然起こった内面の変化に自分自身がついて行けず、何かに夢中になる自分に拒絶反応を感じた途端、飛行機もグラハンも写真もどうでも良くなった。

僕は省エネ男子、これまでもこれからもゆるくぬるく生きていけばいいんだ。

これが僕のアイデンティティであって、みんなみたいに何かを頑張ったり夢中になったりしなくていいんだ。

久しぶりに空港に来て、見たことないものを見てちょっとテンションが上がっただけ、どうせ数日後には興味なくなるはずだし。これからも、部活の課題に困ったら空港に来ればいいだけの話だ。


そうそう、それでいいんだ。たったそれだけのことなんだから。


展望デッキの入口に目を向けると、遠くの方にスタッフの姿が小さく見えた。

しかし、飛行機とグラハンなんてどうでもいいと思ってしまった手前、再びデッキに立つのは憚られた。

自分の気持ちなんてスタッフに伝わるわけないのに、誰かに怒られている訳でもないのに、気まずい気持ちが勝ってしまい、その場から逃げるようにして展望デッキを後にした。

自宅に帰ってからも撮った写真を見返す気にはなれなかった。


翌日。

久しぶりの通学路、ざわめいた教室、始業式、気が遠くなる程長い校長の話、ホームルーム、教科書。

長い長い2学期の始まり。僕はすっかり省エネ性能な生徒に戻っていた。

真夏の気配は徐々に遠退き、9月も間近になってはきたが、まだまだ暑さは続いている。ワイシャツのボタンをこっそり外し、手近なもので扇いでみたとて涼は得られない。

よくもまぁこんな暑い中、空港まで行ったもんだよな、昨日の自分が嘘みたいだ。

こんなことを考えつつ、つまらない授業を流し聞きしながらふと窓の向こうを見たとき、雲の間から小さく白い機体が見えた。


瞬時に思い出されるグランドハンドリングの光景。


あーーもう鬱陶しい、ほっといてよ。


頭に残る光景をかき消すため、必死に目の前の板書を書き写した。というか、もはやヤケになってノートを書きなぐった。

7時間もあったはずの授業は、いつの間にか終わっていた。


そして、放課後に待っていたのは写真部の定例部会。


久しぶりの顔合わせや雑談もそこそこに、部長主導のもと夏休みの課題発表が行われた。各々が手持ちのスマホやらご自慢の一眼レフやらで撮影した写真たちが、1枚ごとに講評されていく。

ついに自分の番になった。手持ちの写真は空港で撮ったものしかない。昨日からの複雑な思いを抱えたまま、渋々発表する。



その瞬間、教室内のあちこちから小さいどよめきの声が聞こえた。

「なんだあれ」「どっから撮ってんだ」「すげぇ」

聞き間違いではなかったと思う。

今まであり合わせのものしか撮ってこなかった分、明確な意思を持ってシャッターを切った写真で誰かから目立った反応をされたのは初めてだった。

次の瞬間に待っていたのは、部員からの質問攻めだった。どこでどうやって撮ったのか、飛行機好きなのか、今まで撮ってなかったのは何故か。

なんだよ、みんな展望デッキって知らないのか。

自分が何かの話題の中心になった経験もない。同級生からも先輩からも口々に色々聞かれたけど、慣れない状況にしどろもどろになりながら、「あ、近所の空港で…」「えっと、展望デッキっていうのがあって…」「いや、たまたま撮りに行っただけなんすけど…」とボソボソ答えるのが精一杯だった。

部会が終わった帰り際、珍しく顧問に呼び止められた。

基本的に、部会の最中は上級生に進行を丸投げし、自分は窓際の席で草臥れた扇子をハタハタと仰いでは、生徒の写真に「おー」とか「いいねぇ」とか言ってるだけの存在感の薄い先生だったから、突然声をかけられたのは驚いた。

何事かと思って恐る恐る近づくと、発せられた唐突な一言に度肝を抜かれた。


「お前、1学期は全然やる気なさそうだったけど、ようやく自分の撮りたいものみっけたんだな、良いじゃん、飛行機」


うわ、見透かされた、何もかも。


何かに夢中になることのエネルギーは凄まじい。

もう自分の気持ちに嘘はつけないし、知ってしまったあの高揚感を抑え込むことはできそうになかった。

これからも程よく頑張れよーと言い残して遠ざかっていく顧問の背中を見つめながら、自分の中の何かが急激に変化していくのが分かった。


でも先生、ひとつ訂正。飛行機も好きだけど、僕が夢中なのはグラハンだからね。



最終第5話に続きます。


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