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【短編小説】金曜日のギター青年 #1

駅からやや離れた、昔ながらの小さな商店街。
6月下旬、金曜日の午後2時半過ぎ。
天候、強めの雨。

レジカウンターに座った私は、暇を持て余していた。

ここは古着やアウトレット品を扱う小さなセレクトショップ。あまり広くない店内には、所狭しと衣類が並んでいる。数ヶ月前からこの店でアルバイトを始めたが、今日は特に来店客が少ない。昼前に2組の来店があったきり、その後一向にお客さんはやってこない。そりゃそうか、今は梅雨真っ最中。朝から大粒の雨が降っていて、自分であれば外出する気も起きないほどの悪天候だ。店の壁の一部はすりガラスで出来ていて、右に左に、道行く人の傘がぼんやりと現れては消えていくのが見える。

今日の夕飯どうしよっかなぁなどと考えていたその時、入口の扉についている鈴の音が聞こえた。誰かの入店を知らせる合図だ。

「いらっしゃいませ」の掛け声と共に入口に目を向ける。やってきたのは、何やら縦長の荷物を背負った青年だった。

軒下の傘立てにビニール傘を置きながら、背負ってきた荷物が濡れていないか気にしている。肩にかけたグレーのトートバッグは、雨に濡れてやや色が変わってしまっている。手荷物よりも背負っている物の方が濡らしたくないらしい。

「こんな雨の中、ご来店ありがとうございます、お荷物大丈夫ですか」そう言って青年に近づいた時、背負っていたものがギターケースであることに気づいた。大学の友人が軽音楽部でバンド組んでいて、よくギターを背負って学食にやってきていたのを見ていたから、素人の私でもそれがエレキギターであることは一目で分かったのである。

「あ、大丈夫です、ありがとうございます」私の声かけに一瞬驚いたような表情を見せたが、慣れた様子でギターケースの確認を終えると、青年はトップスの売り場を眺め始めた。

私はそっとレジカウンターに戻り、青年が服を選ぶ様子をぼんやり眺めていた。手にとっているのは柄物のシャツが多い。いかにも「音楽やってます」という人が選びそうな物ばかりだ。改めて、青年の姿を観察してみる。明るめの頭髪はマッシュヘア、細身の黒いスキニーパンツにオーバーサイズの白いロングシャツを着ている。見れば見るほど、お手本のようなバンドマンの出立ちだ。

15分ほど売り場を物色した後、レジに持ってきたのは紺色に白と橙の小さな花柄があしらわれたシャツだ。価格は税込770円。レディースの商品だったが、男性にしては小柄なその青年には、ちょうどよく着られそうなサイズ感だった。

手早く会計を済ませると、まだまだ止みそうにない雨の中、背中のギターを気にしつつ、青年は店を出て行った。

7月上旬、金曜日の午後3時半過ぎ。
天候、晴れ時々曇り。

レジカウンターに座った私は、梅雨の晴れ間を前に優越感に浸っていた。

ぐずついた天候が続いていた分、今日の太陽は貴重だ。バイトに来る前、いつもより早起きして布団を干してきたのは大正解だった。

「今日の私、グッジョブ」誰もいない店内で華麗にガッツポーズを決めた時、入口の鈴が鳴った。掲げた両手を慌てて下ろし、いらっしゃいませと声をかける。入ってきたのは、一週間前、大雨の中来店してくれたあのギター青年だった。「あ、先週も来てくれましたよね!」思わず声をかけると、いささか驚いた様子だったが、すぐににこりと微笑みながらそうですと返してくれた。あの時と同じく、背中にギターケースを背負い、肩にはトートバッグをかけていた。

彼はそのままトップス売り場に向かい、またしてもシャツを選び始めました。10分ほど吟味した後、レジに持ってきたのはペイズリー柄の半袖シャツだ。価格は税込770円。音楽やってるんですかとか、古着お好きなんですかとか、色々気になったものの、彼が少々時間を気にしている様子だったのもあり、商品の金額とお釣りを伝えるだけの無機質なやり取りしか出来なかった。

購入したシャツをトートバッグの中にしまうと、青年は足早に店を後にした。

7月中旬、金曜日の午後2時半過ぎ。
天候、曇り。

私は忙しなく店内を走り回っていた。いや、そんな走り回れるほどウチの店は広くないのだけど。明日、月に一度の棚卸し作業がある。それに備え、接客の合間に商品の整理をしていたのだ。こういう忙しい時に限って、今朝からお客さんが途切れない。

店の奥に置かれた段ボールを片付けていた時、レジの方から「お会計お願いします」と声が聞こえた。

「すいませーん、お待たせしました」そう言って出ていくと、待っていたのは例の青年だった。あまりの忙しさに、お店に来たことも全く気が付かなかった。今日も税込770円の柄物シャツを選んでいる。「あぁ!いつもありがとうございます!」今日も来てくれたんですねと声をかけたかったが、後ろには会計の順番を待つお客さんが2組も並んでいる。棚卸しの準備もあって、悠長に話している場合ではない。またしても会話の機会を逃してしまったと若干悔やみながら会計を済ませ、青年の背中に背負われたギターを見送った。

#2 に続きます


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