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「省エネ男子、空港に行く」第5話

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顧問に本心を見透かされてからおおよそ24時間後、僕は件の展望デッキに足を運んでいた。

目の前には、間もなく離陸する大きな機体。と、その周りで黙々を作業を進めるしゃもじ軍団たち。

スマホの充電は…なんとかギリ残っている。画面の明るさを気にしながら、自分の指が映り込まないように注意しながら、同じアングルにならないように立ち位置を変えながら、眼下に広がる光景をカメラロールに収めていく。

満足するまで撮り終えたあと、デッキの入り口にある自販機でセブンティーンアイスを買った。今日こそはいつもと違う味を食べるぞと意気込んでいても、いざ目の前にするとチョコミントに手が伸びてしまう。

アイスを食べながら、先ほど撮った写真を見返していく。

昨日のような余計な雑念は湧かなかった。



空港から帰宅して玄関を開けると、全身が夕飯の匂いに包まれた。普段は母親よりも自分の方が先に帰宅していることが多いので、夕飯の匂いに出迎えられるのは久しぶりの感覚だった。

忙しなく手を動かしながら「今日はいつもより遅かったのねぇ、学校でなんかあったの?」と聞いてくる母に、何気なく「あ、空港行ってた」と答えたらものすごく驚かれた。

「え、なんで!?何しに行ってたの!?」

あ、そう言えば空港で写真撮ってるなんて話したことなかった。ってか、写真部の活動のことすら何も言ったことなかったんだった。

実は…と切り出し、自分で撮った写真を見せながら、ここ数日の出来事を打ち明けていく。

次第に早口になっていることにも気づかないまま一通り話し終えると、「あんたがそんなにテンション高いの珍しいわねぇ」と言われた。若干呆れたような、でもどこかとても嬉しそうな母の表情を見た途端、すごく恥ずかしくなった。


でも、これが素直な今の自分だ。


「夕飯もうちょっとでできるからね」とあれこれ手を動かしている母を眺めながら、これまでの出来事を思い返す。

今まで撮りたいものなんて何も考えつかなかったし、そういう対象を見つけたいという発想にも至らなかった。そもそも写真部に入ったのだって、省エネに高校生活を送りたかったからだ。

しかし、あのゆるい顧問に見透かされたとおり、初めて自分の明確な「欲」を自覚して、自ら撮りたいと思うものに出会ってしまった。

大きな機体と共に働くあのしゃもじの人達の写真が撮りたいと。10代後半にして、こんなに心を揺すぶられるものが見つかるなんて夢にも思わなかった。

それからというもの、僕は展望デッキに通い詰める日々を送るようになった。

グランドハンドリングのスタッフはもちろん、プッシュバックに使うトーイングカー、乗員乗客が通るパッセンジャーボーディングブリッヂ、到着機からこちらに手を振ってくれる機長さん、撮りたいものは尽きそうになかった。



それから数ヶ月。

相変わらず学校そのものはだるい。授業は気が遠くなるほど長いし、ちょいちょい学校行事も入ってくる。気温も徐々に下がって肌寒いと感じる日も増え、なるべく外に出たくない。

それでも、毎日16時ごろから始まる放課後の時間だけは待ち遠しくて仕方なかった。

さっさと帰り支度を済ませて自転車にまたがり、いつもの空港に向かう。この時間だけは、自分の中の省エネスイッチがオフになるようだ。

あまりにも足繁く通っているので、搭乗カウンターや手荷物検査場のスタッフに顔を覚えられちゃってるだろうなぁと若干気まずく思いながらも、空港に自分の居場所を見つけてしまった僕には、通うのを辞めるなんて選択肢はない。

それに、毎日来ているせいで空港の時刻表はすっかり頭に入っている。今日は昼過ぎから北日本に低気圧が近づいてくる分少し天候が荒れるかな、ということはあの到着機は少し遅れてくるかななんて、こんな予測まで勝手に立てられるようにもなった。

週末には、学校がある日には写真を撮りに行けない時間帯に空港に行くのが日課になった。朝の空港の空気も好きだし、暗くなってから滑走路の明かりと共に撮る飛行機もかっこいいんだよな。

祝日や連休の空港も見どころ、いや撮りどころがたくさんある。

飛行機の利用客が増えるということは、積み込まれる荷物の量も増えるということ。大量の荷物を迅速に入れ替えるのはグラハンスタッフの腕の見せ所だ。今この展望デッキにいる人たちの中で、目下で繰り広げられるあの機敏な動きの凄さに気づいている人は何人いるだろうか。

天気が良い日だけでなく雨の日にも撮ってみるのも面白い。グラハンスタッフの服装も雨の日仕様に変わるし、地面に溜まった雨水にスタッフの姿が反射して不思議な写真が撮れるからだ。


とにかく、展望デッキから眺める駐機場の景色が大好きで、ずっと見ていても飽きることがない。


デッキでシャッターを切るとどうしてもアングルは単調になってしまうが、決して同じ写真は撮れない。そのどれもが一点ものだ。その偶然性にもハマってしまったらしい。

元々写真なんか興味はなかったが、自分が満足のいく写真が撮れると嬉しい。写真部ガチ勢な人たちの気持ちも少しずつ理解できるようになったし、積極的に人脈を広げるタイプではないけど部内の同輩・先輩でも話せる人も増えた。

いつも空港の写真ばかりを撮ってくる僕を揶揄う奴なんていなかったし、顧問からはここまで一つのものに特化して撮影できるのも才能だ、とまで言われた。

気がつけば12月。長かったはずの2学期は、僕が空港に夢中になっているうちに過ぎ去っていた。冬になれば、雪景色の駐機場が写真に収められる。雪の日のグラハンを見るのも楽しみだ。


まだまだ見たことのない景色がある。もっと見たい。もっと色んなものを、もっと近くで。



けたたましいアラームで目が覚める。早朝だというのにもう既に暑い。地球温暖化、どうなってんだよ。

ベッドで何度か寝返りを打ったあと、ようやく体を起こして身支度を始める。

簡単に朝ごはんを済ませて自転車にまたがり、近所の空港に向かう。

いつもの入り口から空港の中に入り、いつものあの場所へ。


扉を抜けると、目の前に広がるのは駐機場。
僕の両手には、パドル。


いつものメンバーと共に、この後の到着機の情報を確認する。出発地の悪天候により、少し到着が遅れる見通しだ。そうなると、次の出発までに残された時間が短くなる。より迅速な作業が求められる局面だ。

今日は、世間一般に言うお盆休み初日。たくさんの利用客と荷物を乗せた飛行機がやってくる、いわゆる繁忙日だ。今日も無事故で1日を終えられますように。

パドルを握る両手にも力が入る。このド派手なしゃもじが空港内の安全に繋がるのだから、バカにはできない。

後ろを振り向くと、飛行機の到着までまだ時間があるというのに、展望デッキに詰めかけ空を眺める大勢の人たちが見える。

人だかりの中に、小さな子どもを連れた初老の男性の姿があった。その姿に昔の自分たちが重なる。


さて、今日もいっちょやりますか。ド派手なしゃもじを振るのが僕の仕事だから。


僕は省エネ男子。
好きが高じてグラハンの道に進んだ人。
空港にいる時だけ省エネじゃなくなる人。

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