小宮果穂の中に、私はいない
※妄想
許してくれ
駅からの帰り、我が家の近くにあるマクドナルドに向かった。駅中のパン屋でも、いつも行ってるセブンイレブンでも良かった。けどその日は、マックがいいと思ったのだ。
そういえば久しぶりだな、とも思った。
すると、聞き慣れた声がした。
幼いけど力強く、快活な声。聞く人に元気を与える声だ。
その方を見ると、あの子がいた。ちょうどあの子も、私に気がついた。
「あ! ○○さん!」
「ああ、果穂ちゃん」
私の近所に住む、「小宮果穂」ちゃんだ。
小学5年生にして、150㎝を超えた長身。女子としては珍しい部類だろう。やや大人びているような容姿をしているが、中身は年相応であり、また特撮好きという、まだまだ子どもな女の子だ。果穂ちゃんは一人で店内にいた。
「あれ、一人? お母さんは?」
「ええと、ええと」果穂ちゃんはガラス玉のような瞳をくるりと動かし、レジの方に視線を移した。
「今日は、あたし一人でおつかいにきました! ていくあうと? です!」
「へぇ! 偉いね」
「えへへ」
その後、私もチーズバーガーのセットを買い、果穂ちゃんと一緒に帰ることにした。「冷めちゃうから、先に帰っていいのに」そう言ったけど、彼女は「いえ! ここで待ってます!」と、わざわざ私と歩くことを選んだ。自動ドアの近くで待機している様子が、まるで飼い主のことを待つ大型犬のように見えて可笑しかった。
「今日、テレビでやってたんです。『仲間を待つのは当ぜんのことだ!』って! だからあたしもマネして○○さんのことを待ちます!」
果穂ちゃんは特撮のことになると、少し早口になる。「なんちゃらレンジャー」だ。私は果穂ちゃんよりも早い時期にそういうのは卒業してしまった。だから、いまいち彼女の話題についていけない。
けど、そういうことを悟られないように、それとなく相槌を打って誤魔化した。
「そういえば、来年から『ジャスティスV』が始まるんです」
「へぇ。ああそうか。そういうのって、一年ごとに変わるもんね」
「はい……。今やっているのが終わっちゃうのは、ちょっとざんねんです……。でも、仕方ないことですよね」
「まあ、そうだね」
「なので、あたし、後のお話を、『くいがのこらない』ように、楽しみたいと思います! 来年のジャスティスVも楽しみですー!!」
私は時々思う。
果穂ちゃんは、いつか「そういうもの」を卒業するのだろう、と。私のように。現在だって、急に熱が冷めるかもしれない。今頃の子どものことはよく分からないけど、小学5年生なんて、特撮は卒業しているものではないのだろうか。果穂ちゃんが少数派なんじゃないのか。
そうだ。
卒業するときは、すぐにでも来るのかもしれない。
そうなったら、彼女は、どのように変わっていくのか。
何を好きになり、何を真似するようになる? 言葉遣いは? 人間関係は? 恋はするのか? 彼女は、どう変化していく?
私は、果穂ちゃんのことを、もっと幼い頃から知っている。
もはや歳の離れた妹のような存在だ。
だから、私がしっかりしなくてはいけないだろう。彼女がどう変わろうが、今のままで接してあげられるように。ちゃんと道を示してあげられるように。間違った方へと、進まないように。
「……? ○○さん、どうかしましたか……?」
「え?」
「今、すごい難しい顔してしました」
「ああ、ごめん。怖かった?」
「なんか、怒ってる時の先生みたいでした……」
「あはは。ごめんね」
私が、しっかりしなくちゃいけない。
そう、思っていた。
私は大学で忙しくなり、校舎と家を往復し、休日は部屋にこもって実験レポートを書く。それだけを繰り返す生活になってしまった。
単位を落とさないことを願い続け、たいして完成度の高くない、文字数だけを稼いだレポートを提出した頃、私はもう疲れ切っていた。
そして、彼女のことを、半ば忘れかけていた。
朝早く、登校班の一番後ろで、彼女よりずっと小さい子どもたちを見守りながら登校する姿を見ることがある。
けれどそれも、「視界に入った」だけであり、「脳が認識する」わけではなかった。黄色いランドセルが揺れている、なんてことはうっすら考えていたかもしれない。
だから、春になり、私の親が「果穂ちゃんがアイドルになったんだって!」と言ってきたときも、私の脳は正しく受け入れなかった。
「へぇ。凄いね」なんて、曖昧な返答をした気がする。
私の脳が正常性を取り戻したとき、すでに手遅れだった。
いや、そもそも手遅れも何も無い。やっと理解しただけだ。
ある朝、私は果穂ちゃんの家の前を通りかかった。初めて見る女の子が、二人いた。
「おはようございます、西城です。果穂さんを迎えにきました」
一人は髪を金色に染めた、ボーイッシュ感のある子だ。もう一人は、どこか雅な雰囲気漂わせている華奢な子だった。
どちらも同じジャージを着ている。高校生くらいだろうか。
「樹里ちゃん! 凛世さん! おはようございます!」
果穂ちゃんが二階の窓から顔を出す。
久しぶりに、あの笑顔をしっかり見た気がする。
ああ。あれだけ身を乗り出したら危ないじゃないか。と、注意しようかと思った。
「すみませんっ、着替えたらすぐ行くので、もう少し待っててくださいっ」
「おー、急がなくていいぞー。それとあんま窓から乗り出すなよ、危ないから」
「はいっ、ありがとうございます!」
が、私よりも先に、金髪の子が声を発した。
私はただ立ち尽くすだけであった。
やがて、果穂ちゃんは玄関から飛び出すように現れる。それから「いってきます」と朗々とした声で母親に告げ、二人に連れられて歩き出した。
彼女たちの後ろに、私はいた。
「ああ、そうだ。あの子はアイドルになったんだった」
そんなことをぼんやりと頭に浮かべたまま、私は三人を見送った。
果穂ちゃんが、振り返ることはなかった。
果穂ちゃんがテレビ番組に出演した。
「果穂ちゃんは、ジャスティスVが好きなんだったよね?」と、MCに質問される。果穂ちゃんは迷うことなく肯定した。
なにも変わっていなかった。
いや、なにも、というのは違う。
言葉遣いが、以前よりも正しくなった。
難しい言葉をより使えるようになった。声の通りがさらに良くなった。相変わらずあどけない顔立ちだったけど、少し大人っぽくなった。
私が部屋にこもっている間に、彼女はしっかりと成長し、変化していたのだった。
「樹里ちゃんは、あたしにサッカーを教えてくれました! おかげでスポーツ大会で優勝できましたー!」
「凛世さんは難しい言葉をよく知ってます! 質問すると教えてくれて、とても、勉強になりますっ」
これからも彼女は変わっていくのだろう。アイドルとして、たくさんのファンに囲まれ、活動を続けていく。
「夏葉さんは難しいマナーとか、偉い人の言葉とか、たくさん役に立つことを知っています!」
「ちょこ先輩は、たっくさん食べます! あたしにもおいしいチョコをプレゼントしてくれます!」
そして、彼女の仲間に支えられ、成長を続けていく。
「みなさん、とても、とっても、すごいんです!」
しかし、あの子の中に、私はもういない。
あの子の道を正すのは、あの子の成長を促すのは、あの子を変えるのは。
私ではない。
「最強のアイドルに! 変 身 !」
『ジャスティスV』について、簡単な説明が始まった。「果穂ちゃんが選ぶ名シーン」だそうだ。
だけど私は、もう卒業してしまったから。
静かに、テレビの電源を落とした。
主な参考資料
・小宮果穂 W.I.N.G.コミュ
・小宮果穂【新装備・バブルバスター!】
・小宮果穂【ヒーローインザパーク】
・西城樹里【グッド・ラック・ボール】
・放課後クラマックスガールズ 感謝祭コミュ
・私自身がこの前、実際に見た夢
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