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【妄想うわの空】22:25 30歳女東京都


会いたいと思っていたのに顔をみると何を話せばいいのかがわからなかった。

学生時代は休憩時間でも放課後だって深夜電話でも、

話したいことは山ほどあったというのに。


いまのわたしたちの会話のピークは「あの頃」で、

一通り笑って、現在の賞賛をしあってから、

「みんな元気かなあ」「ねえ」で……

それぞれ合図のように、手がスマホにのびていく。

酒を飲んでも美味しいものを食べたって

話がはずむタネにはならないようだった。

それならなぜ、この学生時代のもと親友を、

わたしは誘ってしまったんだろう。


彼女がお手洗いに立つと同時に見上げた時計は、

22:00をさしている。


お昼のニュースでは緊急事態宣言がでるといっていた。

きっとこれからまた、会えなくなる。


わたしたちが一番精神が密着していた時代にはなくて、

いま、まったく、おそろしく大きくなってしまったもの

それは「慢心」だ。

自覚している時点でなんとかならないのかと自分に言いたい。

この歳を迎えるまでそれなりに、

時に笑顔で、時に頭をかきむしりながら、一生懸命人生を生きたと思う。

惨めでうまくいかない自分がいても、自らを納得させてきたのである。

わたしは獅子座である。(しらんか)


昔はなんの躊躇もなく自分がやらかしたクソだせえ話を

ペラペラしたものだったが、

いまのわたしはそんなことの4つや5つは飲み込めてしまうので。


きっと彼女もそうだ。

目の前の座席に取り残された、

さりげなく、ロゴの入ったハイブランドのバッグ。

わたしの右肩をかすめて歩いて行った時に漂った、

ナチュラルで上品な香りの香水。

非の打ち所はなかった。


幸福そうな出で立ちと、その余裕さが、

わたしの心の門を高く、硬くさせる。

自分の心の狭さに苛立ちがつのる。


ビールをもう一口のむ。もうほぼ残ってはいない。

あと一杯といくか、

それともあっさりと解散にするのか。


でも、でも、でも、

そんな彼女を変わらずに信頼していたかった。

ずっと同じ目線で、世の中を見ていたかった。






「なにじっとエビみて。食べないの」

ふわりとお化粧を直したであろう彼女が目の前へ戻ってきた。


目を見ずに、さりげなさを装ってわたしは言った。

「まだ飲むでしょ?」

急いで彼女はうん、と続けてくれた。


「わたし、こないだめっちゃクラったことがあって。」

「おお」



なんとなく自分の顔がほどけてきたかと思ったのは、

22:25のことだった。

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