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『稲盛和夫一日一言』 7/30(日)

 こんにちは!『稲盛和夫一日一言』 7/30(日)は、「世界に誇る日本へ」です。

ポイント:一人ひとりの日本人が、利他の心を持ち、世のため人のために尽くそうと思い始めるとき、日本は本当に素晴らしい国になれる。

 2004年発刊の『生き方』(稲盛和夫著 サンマーク出版)の中で、これからの日本人が生き方の根幹に据えるべき哲学について、稲盛名誉会長は次のように述べられています。

 今こそ、経済成長至上主義に代わる新しい国の理念、個人の生き方の指針を打ち立てる必要があると考えています。
 それはまた、一国の経済問題にとどまらない、国際社会や地球環境にもかかわってくるきわめて大きな喫緊の課題でもあります。なぜなら、人類の飽くなき欲望をベースに、際限なく成長と消費を求めるやり方を改めないかぎり、有限な地球資源やエネルギーが枯渇するだけでなく、地球環境そのものが破壊されかねないからです。

 つまり、このままでは日本という国が破綻してしまうだけでなく、人間は自分たちの住処(すみか)である地球そのものを、自分たちの手で壊してしまうことになりかねない。
 それと知って、あるいはそれと気づかず、沈みゆく船の中で、なお奢侈(しゃし)を求め、飽食を楽しむ。私たちはその行為のむなしさ、危うさに一刻も早く気づき、新しい哲学のもとに新しい海図を描く必要があるのです。

 私は、これからの日本と日本人が生き方の根に据えるべき哲学をひと言でいうなら、「足るを知る」ということであろうと思います。また、その知足の心がもたらす、感謝と謙虚さをベースにした、他人を思いやる「利他の行い」であろうと思います。

 人間も、自然界の中にある調和的な命の連鎖の輪にみられる「節度」を見習うべきではないでしょうか。もともとは、人間も自然界の住人であり、かつては、その自然の摂理をよく理解し、自分たちも生命の連鎖の中で生きていたはずです。それがやがて、食物連鎖のくびきから解き放たれ、人間だけが循環の法則の外へ出ることが可能になった。そして同時に、他の生物と共存を図るという謙虚さも失ってしまったのです。

 私たちが地球という船もろとも沈んで溺れてしまわないためには、もう一度、必要以上に求めないという自然の摂理を取り戻すしかありません。
 それには、「足るを知る」心とそうした生き方の実践が必要です。これ以上、経済的な富のみを追い求めるのはやめるべきです。国や個人の目標を、物質的な豊かさだけに求めるのではなく、どうすればみんなが心豊かに暮らしていけるかという方向を模索すべきです。

 人類が、成長から成熟へ、競争から共生へという調和の道を歩み出すことができれば、そこには利他という徳を動機とした新しい文明が生まれてくるかもしれません。そして、もっと相手をよくしてあげたい、もっと他人を幸せにしてあげたいという、思いやりや「愛」をベースとした知足利他の社会が花開くことでしょう。(要約)

 GDP(国民総生産)は「Gross Domestic Product」の略で、一定期間内に生み出されたモノやサービスの付加価値の合計額を表す指標で、各国の景気動向を測る重要な指標として利用されているのはご存知の通りです。

 ちなみに、IMF(国際通貨基金)が発表した2023年の世界各国のGDPランキングでは、日本はアメリカ、中国に次ぎ、ドイツとほぼ並んで3位グループという位置付けです。
 しかしながら、GDPでは人々の豊かさや環境面を十分に評価できないのではないかという観点から、社会の進歩や豊かさの新たな指標の構築を目指して、世界中で議論が行われているのが現状です。

 一方1972年、ブータンのワンチュク国王(当時)は「幸福こそ人のそして国家の究極の目標」として、国民総幸福量(GNH=Gross National Happiness)という独自の指標を提唱しました。

 私たちは、一日のなかでも「自分は幸せ者だ」と感じることがあれば、「自分はなんて不幸なんだ」と嘆くこともあるほど、感情の起伏が激しい生き物です。
 しかし間違いなく言えることは、日々幸せだと感じる人の割合が多ければ多いほど、家庭であれ、社会、国家であれ、その幸福度も高くなるだろうということです。

 昨日の一言に、「私たち一人ひとりが、どのような環境に置かれようとも、自らを磨き人格を高めようとひたむきに努力し続けることが、結局は社会をよりよいものにしていくと信じています」という言葉がありました。

 現代社会のあり方に常に正しくアンテナを張り、いびつなところがあれば即気づいて是正しようとアクションを起こすことができる、そうした真っ当な心身の状態をキープしていけるよう、日々自らを磨き続けていきたいものです。


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