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柳原良平主義〜RyoheIZM 34〜

絵本と擬人化


ヒットのわけは?

前回、柳原良平が描いたロングセラーの大ヒット絵本『かおかお どんなかお』が生まれた経緯について書いた。今回は、ヒットの要因について考えてみる。

たとえば子供が産まれ、絵本を買い与えようと考える親はみな、今ならばネット検索し、どんな絵本が評判になっているのか調べるだろう。口コミなども熱心にチェックするかもしれない。

大人には分からない

『かおかお どんなかお』の口コミを読んで面白いと思うのは、親はさほど面白いと思わないのに、子供が気に入ってしまったというケースが多々あることだ。「私にはわかりませんが、子供には面白いようです」といったコメントが散見されるのだ。

そんな魅力に気づかない親のところに「読んでくれ!とばかりに、何度も持ってきます」とか「1年経ちましたが今も読んでくれと持ってきて〜」とか「何度も読まされます」とか。つまり子供にとっては、ハマってしまうほどの人気があるらしい。

常識外にある魅力

子供を飽きさせずに、長時間・長期間にわたって興味を惹き続けることは、とても難しいと思う。が、その理由は?と考えても、はっきりこれだと言えるような要因が浮かんでこない。版元であるこぐま社の元編集者、関谷裕子氏も、このように話してくれた。

「あの絵本は、そんなに明るいキレイな色が使われているわけではないですし、いわゆる可愛らしい顔かっていえば、そんなに可愛くもないし、不思議ですよね」

そう。美人でもなければイケメンでもない。華やかでもなければ凝ってもいない。かといって、ブサイクでもなければ暗くもないが。

大人の中には

関谷氏は、展覧会で柳原の作品を見た瞬間、ある種の衝撃とともに、赤ちゃんは絶対に好きになると確信を持った(前回コラム参照)。発達心理学的な見地から言うと赤ちゃんは人の顔を、他のものとは区別して選択的に見ようとするらしい。関谷氏はそのことを知っていた。だから柳原の作品に注目した。と、そういう側面はあったと思う。

とはいえ顔の絵は、他にもたくさんある。柳原が描いた顔からは、他にはない魅力も感じていたのではなかろうか。では柳原の絵のどこが原因でそのように感じたのか、今度は絵のディテイルについて聞いてみた。するとディテイルに関する回答の代わりに、このようなコメントをくれた。

「こぐま社創業者の佐藤も、私もですが、外国の絵本も含めロングセラーの絵本をたくさん見るうちに、子供が惹きつけられる絵というものを見分ける感覚が身についたのだと思います」

子供ならではの感覚

つまり経験に裏打ちされた勘ということ。そう言われてしまうと何も言えなくなるが、それはたぶん大人が大人になったことと引き換えに、失ってしまった感覚なのではないかと思った。関谷氏は絵本の編集を通して、過去に持っていたはずの、子供のときの感覚(という名の勘)を取り戻したのではないか、と。

ただこれ以上、掘り下げずに終わってしまっては本コラムの目的を果たせない。それで考え続けた結果、これはどうだろう?と思ったのが、柳原作品の特徴のひとつでもある”シンプルさ”だった。

シンプルさとインパクト

この作品は目と鼻と口のみだ。それも線や丸など、限りなくシンプルな要素の組み合わせで構成されている。誰でも描けるようでいて、誰にも真似のできないバランスに仕上がっている。このバランスこそ柳原良平の才能だと言えないだろうか。そのわけを関谷氏はこのように説明してくれる。

「先生は広告の世界にいらした方だからアイキャッチが得意なのだと思います。人をアッと言わせ、振り向かせる力を持ったデザインができる方だなって」

そして、子供を振り向かせ、引き寄せるシンプルなこの顔は、その後の作品でも大活躍することになる。

子供を惹きつける方程式を使って

『おうちの ともだち』は、家の中にあるさまざまな家電や道具などに顔が描かれる。生まれたばかりの赤ちゃんにとっては、最も身近にある物たちが表情を伴って、次々と登場するというわけだ。

また乳幼児はミルクから離乳食に、やがて野菜などを口にし始めるが、そんなタイミングで、さまざまな野菜に顔が描かれた『やさい だいすき』を見たら、食べ物としての野菜に対して、それまでより親しみを持つようになるのではないかと想像される。

成長に合わせて

そして家から一歩外に出た赤ちゃんの目には、さまざまな乗り物が目に飛び込んでくる。それらに顔を描いて擬人化した『のりもの いっぱい』も柳原は出している。各種の乗り物にあの顔がつけられ、愛嬌いっぱいだ。お得意の船も、もちろん登場している。

柳原は、自分の子供が小さいときに、洗面器など身近な道具に目を描いて子供を喜ばせていたそうだ。擬人化はマーケティング的にも、親しみやすさや記憶への残りやすさを増大させると言われている。こうすれば子供が喜ぶことを、柳原は身をもって知っていたようだ。

おそらくそのときに描かれた目は、決してキラキラ、ウルウルした瞳を持っていたわけでも、長いまつ毛が描かれていたわけでもないだろう。細かいディテイルはどんどん排除し、デフォルメし、最後に残ったそのシンプルな線や点。それが子供を引き寄せたのだ。きっとその中にこそ柳原のセンスが宿っている。(以下、次号)


※編注
「船キチ」という表現は「尋常ではない船マニア」といったニュアンスを表しています。柳原良平が自著の中で、主に自身に対して頻繁に使用している表現ですが、そこに差別や侮蔑の意図はまったく感じられません。従って本コラムでは、他の言葉に置き換えず、あえて「船キチ」という単語をそのまま使用しています。                               

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ご協力いただいた方々

●関谷裕子(せきや・ゆうこ) 1956年、東京生まれ。子ども時代は「岩波の子どもの本」の『こねこのぴっち』『ちいさいおうち』『ひとまねこざる』等を読んでもらって育った。早稲田大学法学部卒業後、1979年に絵本の出版社・こぐま社に入社。馬場のぼる氏、柳原良平氏、多田ヒロシ氏、長新太氏など、「漫画家の絵本の会」の著者の編集担当をし、絵がストーリーを語る絵本を大事にしてきた。2021年の定年退職まで、編集長を務める。                    

参考文献
『かおかお どんなかお』(こぐま社)
『やさい だいすき』(こぐま社)
『のりもの いっぱい』(こぐま社)
『おうちのともだち』(こぐま社)

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