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大人になった今だから、改めて絵本から学ぶことがあるのではないか、という思考法

人生は仮説実験の場である、
って思ってるんだけども、
その実験の一つで、今回のタイトル。

なんでこんなこと思ったかって、
今ぐらい情報過多になったなら、
個々の思考力ってかなり重要で、
個々各々で結論出すようにできないと、
余計な苦しみを抱えると思うんです、、、
かつての私がそうだったから、、、

ちょっと考えれば「詐欺」ってわかることに
簡単に乗っかっちゃう人が絶えないし、
前からある性善説で社会現象、特に政治を見ちゃって、
そんなひどい事はしないだろうって思ってたら、
ひどいことになってる、、、
結果、苦しむのは自分、、、

続かないことに一喜一憂して、
それもただ単純に脊髄反応している感じで、
その場がよければ良いって感覚で、
大事なことを見失ってないかなって、、、

「善いモノゴト」の条件の一つに
「続くこと」ってあるよなって思うんです。
これは善いから継承していこう!
って協力者がいたり、
本人は手の届く範囲で行った行為だけど、
感銘を受けた誰かが、
その先に広げてくれて、
会ったこともない人へ波及する、とか、、、

だから、本当に大事な何かって、
今まで続いてきていることの中から
気づけるんじゃないかって

とは言っても、どうしても
初動は負荷はかかるよねって、、、

自分が善いと思うことは
言動してみて、何かしらの形にしなければ
自分が認識できる結果として出てこないから
やってみて違った、なんてことは多々あって、
何度かやってるうちに強烈な反発をもらって
間違ってるんじゃないかって怖くなって、
その後は実行する勇気が出せなくなって、
やらないから確信を持つことはなくて、
なんだか自分の感覚に自信持てなくなって、
強い主張をする人に思考が流されて、
ついに自分で思考することをやめてしまう、、、

これを気づかずにやってしまっているので、
なかなか厄介だなと、、、

そして、はっ!と気づいて危機感を感じて、
今までしてこなかった何かを始めなければって
焦って、でも何から始めて良いかわからないから
とりあえず名著を読んでみる、、、けど、
書いてある内容を実践するのが難しいよって、、、

という感じの過程を経て
だったら、原点に帰って
子供の時に読んだ絵本を、
その時よりも思考力がついた今、
改めて読んで、考えてみることから
再度、始めてみたら良いのでは?
って発想ですね

細かいところは最後のURLで
確認していただくとして、結果
やってみてよかったなと

大人向けの書物って、
使われている言葉の意味が、
人によって違っていたり、
認識が違ったりしてるので、
自分独自の目線を話すのって
批判されることに抵抗を感じて、
なかなか言えないことが
多いかもって感じがあるけども、

絵本だと、物語が単純なゆえに、
使われている言葉も簡単な言葉だから、
行間を読む幅が圧倒的に広くて、
誰でも感想を言いやすいのかなって感じで
みんなが発言してくれて、
とても興味深い回になりましたね

子供でも理解できるストーリーに対して、
どんな観点で行間を埋めていくか、
個々の感性や価値観が感じられて、
コミュニケーション視点でも
非常に優秀なツールですね

もちろん、思考してもらうように
促す必要はあるんですが、
感想を聞くだけで、きっと、
子供も、なんなら子供の方が自然と
行間を埋めてくれるんじゃないかな

というわけで、大人が絵本で学ぶことの
利点だと思う要素を出してみる
・自分の価値観を再確認する
・単純なストーリーを考察するので、自分の観点でいくらでも派生できる
・物語の抽象度が高いので、自分事で捉えやすい
・自分の身の回りで起きる出来事の比喩として捉えやすい
・自分次第で、シンプルにも複雑にも、どちらでも思考を展開しやすい
・独自の視点が、さまざまな可能性の一歩だという体験を得られる
・個々の感性が否定されにくい

今まで受け身で過ごしてきた人が
思考力をとり戻すためのリハビリにもなりそうかな、、、

と、こんな感じです。

愛する人から「月が綺麗ですね」と言われたら、
あなたはなんて返しますか?

P.S
ちょっとやってみよっ!って思ったら
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