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正解の無い仕事

私は「正解の無い仕事」が苦手。

何故なら…

「正解が無い仕事」は
「圧の強い人」が幅を利かせるから。

これだけの数をこなせば良い

という仕事なら公平だけど…。

今日までのお仕事はそういう意味で辛かった。

「正解がない」から
言ってることや決まり事が職員によって「バラバラ…(-_-)」だった。
ある職員から
「これをお願いします」と言われたので
それをしていると
別の職員に「今はそれをやるな、優先順位が違う」と注意されることがかなり多くあった。

とにかく毎日のように
入れ替わり立ち替わり
注意されることが違う。

とても「やる気」が無くなった。

職員の高齢化も凄かったので、パソコンの打ち込みも遅い…(-_-)指一本で打ってる…みたいな。
私は「ピアノ」を弾けるので
タッチタイピング、は得意で打ち込みも速い。

でも
「年功序列」なので「長い人」がとにかく正解で威張っていた。

2年目の人から指示されたことをしていると
10年目の人から注意をされる

だけど、2年目の人からの指示だったとはいちいち言えなかった。私が2年目の人の指示のために注意されているのを分かってて、2年目の職員は知らんぷりしていた。
それも、たまに
ならまだまし。
殆ど毎日のようにそんなことが続いたから
私は疲弊してしまった。

勿論、仕事に「楽しみ」を見出して続けることも
出来たのだろうが、
「自分の意見が言えない」職場

は私には何よりも「キツイ」仕事だった。

古くからのしきたりに
入ったばかりの私が意見する空気は一切無かった。
けれど、これは「昭和の日本のやり方」が身についてしまっている組織では
皆、これが当たり前だし1年目は黙って先輩の言う事を聞いているのが当たり前。

意見したら
「変な人」「生意気な人」みたいな…空気。

どうして「褒めない」んだろう。

「あれが違う、これが違う」と
いう「指導」ばかり。

自分で「これが出来た」という
前向きな言葉に変えていかなければ

人として駄目な人間

になってしまう。

モラハラ職場というのは
こういう職場なのだ。

とにかく「褒めない」

褒められないことを気に病んでいたら、他者評価の奴隷…
なのかもしれない。

けれど、このような職場は絶対に変えた方がいい。
私は出来る限り、明るく、元気に、笑顔で、
「褒める」褒める…はアドラーでは禁止なのだが、
「褒める」というより「凄い✨」と感動するのはいいのかな。って。

子どもが「先生!見て!けん玉出来たよ✨」
「えー!凄いね✨」というのは感動。

「褒める」のは上から目線の行為なんだけど、
「凄い✨」って。言う。でも本当に子どもは凄い✨って思うから。

だけど、
人のあら探しばかりして
注意ばかりされている職場は
嫌だ。

「ここがいいね👍️」と
「良い部分をのばす」

教員の方は分かっていた(教育心理学を学んでいるから)から、そうではなかったけれど、
施設長以外の
「ただそこに長くいる」職員に関しては
全然、駄目だった。
「学んでいない」そう感じた。

「私はいじめに耐えて10年近く続いてる」

という自慢をしていたけれど、

わたしにはその言葉をきいて

「この人凄い✨✨✨」とは
全く思えなかった。

ということで、
本日でこのお仕事を退職いたしました。
ほっとして
心から笑えて安心し、ピアノの練習も出来ました。

仕事で「元気」出なくなっていたので
ピアノも弾けなくなってたので…。

毎日、長い時間いる場所…つまり職場
は自分を大切に出来る場所を選びたいです。

「自分らしく」いられる場所が大切だと思います。