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土佐堀川と鳥たち

ある冬の朝、通勤路である土佐堀川沿いの遊歩道を歩いていると、川から賑やかな鳴き声が聞こえてくるではありませんか。何かと思って川沿いの手すりに近寄ってみると雁のような夥しい数の水鳥が川を埋め尽くしています。いつもは周りの建物や川沿いの木々を静かに映している川面が、水鳥たちの熱気で湯気が立ちそうな勢いです。毎朝、しんとした早朝の枯木立を、先を歩く他のサラリーマンを抜き去ったりしながら足早に歩を進める私ですが、その情景に圧倒され、思わず立ち尽くしてしまいました。

群れの中にリーダーと思しき鳥がいるようで、その鳥が飛び立つとまさに、図鑑や絵で見ることができるような見事な編隊を組んで川のあちこちから小さな一団が少しずつ飛び立っていくのです。そんな光景に釘付けになっていると、心なしか川面の鳥たちの声が以前にも増して高まり、水面から蒸気が立ち上りそうな勢いです。と、その時です。ひときわ大きな雁が「よし、行くぞ!」というような啼き声を振り返りながら発したかと思うと三井住友銀行本店の建物の前を颯爽と離陸しました。するとどうでしょう、川面にいた水鳥達も後を追うようにきれいなV字編隊を組むようにして飛び立っていくではないですか。今回はものすごく大きな一団です。夥しい数の雁が私の目の前を次から次へと通り過ぎて行きます。そして、あっという間に淀屋橋の上空に達し、大三角形を維持しながら琵琶湖方向に向かっていきました。

まさか、いつも静かな土佐堀川でこんな素晴らしい鳥の旅立ちを目撃できるなんて思ってもみませんでした。その日は、鳥たちの熱気と集団の力、そして「よし、これから行くぞ!」という強い意志を感じ、今年も残りわずかだが自分も悔いのないように頑張らねばと励まされた気分でした。


手すりにスッと立つ水鳥(土佐堀川)

土佐堀川は不思議です。都会を流れる川なのに時々思わぬ光景に出くわします。先週、いつものように新緑の土佐堀川を歩いている時でした。川沿いの手すりに何か見慣れない灰色の棒のような物体がスッと垂直に立っているではありませんか。「あれ、何だろう?」と一瞬何が起こったのか分からず、頭が真っ白になりました。それが水鳥だとわかるまでに5秒ほどの時間が掛かった気がします。それは本当にスッと只々立っていました。その気高い佇まいにまた改めて圧倒されてしまいました。ただ留まっているだけなのに、いや、恐れ入りました。

とそれからしばらくして、何か過去にも土佐堀川で同じような体験をしたような気がしたので、過去のiPhoneのアルバムを遡ってみると、昨年の6月にも本当に似た鳥がほぼ同じ場所で手すりに立っているのを発見しました。この時は雨が降っていたからか、或いは水鳥が直前に川で潜ったからなのかわからないのですが、羽が濡れてスカートのようになっていますが、恐らく全く同じ鳥なのではないでしょうか。この鳥にとって、土佐堀川のこの場所は特別な意味を持っているのでしょうか。

水鳥と鳩(昨年6月土佐堀川で)

私が2度もこの水鳥に会って、同じように写真を撮ったという偶然にも驚きます。1年の間にこの水鳥はどんな経験をしてきたのでしょう。そして、どんな思いで対岸の街や通りを行く人々を眺めているのでしょうか。或いは、それとも川の中を泳ぐ魚を見ているのでしょうか。翻って私にとってこの一年はどんな一年だったのでしょう。一つだけ言えることは、私はかなり癒されました。そして、より自然に生きることができるようになった気がします。結局私が何をしようと時は止まることなく、世界は淡々と変化していきます。そんな世界の中でどう生きて行けばよいのか、もう、私としては人様に迷惑を掛けないことだけ、といっても私が考えられ得る範囲内ではあるのですが・・・。後は時に導かれるまま思い切り楽しむのみ。ただ、それだけです。

土佐堀川には鳥だけでなく様々な人が惹きつけられています。恐らく大阪市の人が手入れしているのであろうバラ園には様々な種類の見事なバラが咲き、それを通勤途上のサラリーマンやジョギングをする近所の人が愛おしそうに写真に収めています。川沿いのモニュメントに手を合わせる人、供え物をする人もいます。ベンチでは気持ちよさそうに煙草を吸い川面を眺める人達。何故か橋の欄干の袂で音楽を聴きながらリズミカルに爪先立ちを繰り返す婦人もいらっしゃいます。或る夕暮れには、沢山の釣り竿を手すり沿いに並べている釣り人が。冬の夜更けに川面を眺めながら思いつめたようにトランペットで物悲しいメロディーを奏でるサラリーマンもいました。皆、思い思いに都会を流れる川を味わっています。今後もこの川が多くの人の憩いの場になることを願っています。


安らぐ水鳥(土佐堀川)

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