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第10話 1.2.3.4.5

古びた一軒家の2階窓にはテレサゾーンから引っ越してきた老猫が見える。

「おっ!斎藤さん起きたみたいだな、開いてるぞ」

玄関はちょうど猫の頭が入るくらいの隙間が開いていて、そこを尻尾をピンと真っ直ぐ立てた師匠が入って行く。

「斎藤さ〜ん、こんにちは〜」

留守なのか、まだ寝ているのか、とても静かだ。
奥へ行くと開いた襖のすぐ横に斎藤さんの足の裏が見えた。

「さ、斎藤さん!」

走って近寄ると、斎藤さんはうつ伏せで倒れていた。顔を舐めたが反応がない。耳をすますと僅かだが呼吸をしている。
師匠は上を見上げ時計を見た。

「マーブル、この時間なら郵便配達員が近くにいるはずだ。おらぁ呼んで来るから、ここで見守っててくれ!」

師匠は僕の返事を待たずに家から飛び出した。
残った僕に何ができるのか……。
起きて欲しい一心で、僕は斎藤さんの体に乗っかってみた。
ご主人様は重いと言ってこれでよく起きていたからだ。
しかし、うつ伏せ。状況も違う。
果たして、これでいいのだろうか?
斎藤さんの背中の上で考える。
バイクの音が聞こえるという事は、師匠は郵便配達員に会えたかもしれない!
僕のこころは不安から期待にすぐに変わった。

「おいっ!バッサー!飛び出したら危ないじゃないか!」
「にゃあ〜お、にゃ、にゃあ〜お」 (斎藤さんが倒れてるんだ!)
「なんだ?」
「にゃああ!」(助けてよ!)
「何?何?いつもとテンション違くね?」

師匠は真面目な顔をして配達員の目を凝視し、強く強く念じた。
配達員は何かを察したのか、バイクから渋々降りると、師匠は斎藤さん家へ向かった。何度も何度も振り返り配達員を導く。

「なんだよ〜バッサー、追いかけっこする年じゃないだろ〜。相変わらずバサバサしてるな〜」

「にゃあ〜!」(黙ってついて来いや!)

そして斎藤さん家の玄関前で叫んだ。

「にゃぁ〜お にゃにゃぁ〜お!」
(斎藤さんが中で倒れてるから助けてよ!)

「斎藤さん、ま、まさか?!」

配達員は躊躇なく玄関を開け、慌てて中へ入っていった。斎藤さんの上に乗ったマーブルと目が合い、お互い一瞬固まると、師匠が「にゃ!」(どけ!)と怒鳴り、僕は床にジャンプした。

「斎藤さん!斎藤さん!」
「にゃあ〜お!」(斎藤さ〜ん!)
「息んしてないぞ!」
「にゃ〜あ」(まじで?!)

配達員は仰向けになおし、片手で額を押さえながら、顎の先端を持ち上げた。鼻をつまみながら口と口をくっつけ大きく息を2回吐いた。
次に肘を伸ばし胸骨辺りを何度も押し始めた。

「1.2.3.4.5」「1.2.3.4.5.」

初めてみる動きに師匠は全身の毛を逆立たせ「シャアー」と配達員を威嚇した。

「人工呼吸だよバッサー。怒んなよ!斎藤さんを助けてるんだ!」

師匠は威嚇をすぐに辞め、配達員の目の前に場所を変え人工呼吸とやらを見守った。

「うっ……ぅ」
「斎藤さん!斎藤さん、大丈夫ですか?」
「うっ…」
「にゃあ〜お!」(斎藤さん!)
「斎藤さん!」
「にゃ〜!」(斎藤さん!)

みんなで斎藤さんを呼び続けると、「ぷぁっ〜」
と、息を吹き返した。
配達員が救急車を手配していると、斎藤さんは師匠と僕に気付き、優しい顔をした。

十分後、救急車は騒がしくやって来て、斎藤さんを
運んで行った。

「バッサー、お手柄だったな!」
「にゃ〜あ!」(お前もな!)
「まだ配達あるから、行くな。またな、バッサー」
「にゃ!」(いってらっしゃい!)

配達員は何事もなかった様に仕事へ戻っていった。
師匠は斎藤さんの家の中に戻り、住猫達に状況説明にまわった。
明日は我が身と思いつつ、みんなは斎藤さんを心配し無事を祈った。

「師匠、斎藤さん助かって良かったですね!」
「っていうかさ、なんでマーブルちゃん斎藤さんの上乗ってたん?」
「えっ?!」
「めっちゃ、緊急事態だったやん、なんで?」
「いや、その、乗っかったら重くて、嫌になって、起きてくれるかな〜って思いまして」
「なわけないやん!寝てるとちゃうねんから!」
「すみません」
「ほんま、ビックリしたわ〜」
「……」
「え?なんで?ってみんななってたで?」
「はい」
「すまん、興奮して大阪弁になっちゃったわぃ」
「……」
「ま、でも、良かった」
「はい」
「しかし、アレ、ビックリしたよな〜」
「あの、1.2.3.4.5ってやつですよね?」
「そうそう。人工呼吸だってな。年とってもよ、まだまだ知らない事、いっぱいあるよな〜。日々勉強だな〜チクショウ」
「僕、最初見た時、いじめてるのかと思いましたよ」
「そうだよな〜!おらぁも久しぶりにシャアーでちまったわぁ〜」
「僕も多分、初めてシャアー見ましたもん」
「あ、そう?」
「はい」
「あれ、威嚇な。結構体力使うで」
「そうなんですか?」
「そうそう、次の日とか地味に筋肉痛や」
「へぇ〜。でもなんか格好良かったですよ」
「うそ〜」
「はい、なんか強そうで格好良かったです」
「鼻ピクピクしてないか?」
「してませんよ〜」
「はぁ〜。それにしても腹減ったなぁ〜」
「結局ご飯頂けませんでしたからね〜」
「漁師のとこ行くか」
「おっ!ジャスティン・ビーバー!」
「なんだよ、照れるじゃねぇか〜」
「すみません、調子乗っちゃいました〜」
「ハハハ」

安堵感からか足取りが軽く、船場まで早く着きそうな二人であった。