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エピローグ(2) ※最終回/これからの採用が学べる小説『HR』

この小説について
広告業界のHR畑(求人事業)で勤務する若き営業マン村本。自分を「やり手」と信じて疑わない彼の葛藤と成長を描く連載小説です。突然言い渡される異動辞令、その行き先「HR特別室」で彼を迎えたのは、個性的過ぎるメンバーたちだった。彼はここで一体何に気付き、何を学ぶのか……。
*目次*はコチラ

【エピローグ(2)】

鬼頭部長はスタバのコーヒー片手に、どこか物憂げな表情で中に入ってきた。俺に向けて肩をすくめてみせると、「こんな騒がしい営業一部は初めて見たな」とこめかみを掻く。

「部長の指示じゃないんですか。このテレアポ施策は」

「まあ、なにか対策を打てと指示したのは俺だ。……ちょっと強く言い過ぎたかもしれん」

そう言って鬼頭部長は扉を振り返る素振りをする。

そして俺を改めて見ると、「どうだ、久しぶりの東京は?」と聞いてくる。

「……新橋だって東京ですよ。山手線でたった2駅だ」

「ほう。意外な答えだ。“意識高い系”筆頭の言葉とは思えん」

今度は俺が肩をすくめる番だった。鬼頭部長は目を細めて俺を見、ゆっくりとコーヒーを飲んだ。

「――で? どうだった。HR特別室での“研修”は」

「……わかりません」

俺は正直に答えた。HR特別室で過ごした1週間が、俺の何かを変化させたのは事実だろう。だが、それが何なのか、どんな意味を持つのかは、俺自身にもまだわからない。

「ただ――」

「ただ?」

俺は小さくため息をついた。それはある種、自分の敗北を認めた証拠のように思えた。自分、そう、これまでの自分の敗北。

「部長の仰っていた通り、HR特別室は甘くありませんでした」

「……そうか」

そう言ってしばらく間を置いた鬼頭部長は、何気ない風に言った。

「延長を申し出たそうだな、研修の」

誰かが話したらしい。室長か、高橋か――。

だが、事実だ。酔った勢いもあっただろうが、事実俺は、それを望んでいた。

「ええ」

「だが、断られた」

「ええ。でも、今はそれでよかったんだと思ってます」

俺は先ほど見たオフィスの状況、そして俺を怒鳴りつけた岡田の様子を思い出しながら、言った。

「ほう、なぜだ」

「宇田川室長に言われたんです。僕の中に起こった変化を、職場に持ち帰って皆に伝える責任があるんだって。その時はよくわからなかったんですが、ここに戻ってきた今は、なんとなくわかるような気もするんです」

「皆に伝える、か。お前は一体何を伝えると言うんだ、AAイチのエリートが集まる営業一部に?」

「だから……それはまだよくわからないんです。でも、そうだな、今朝から皆がやってるテレアポですが、あれはあんまり意味がないんじゃないかとか」

「ほう、言うじゃないか。だが、今はそれくらいに切羽詰った状況だとも言える。テレアポの代わりに、お前は何をするんだ?」

鬼頭部長にそう言われたとき、当たり前のように、俺の頭の中に一つの答えが浮かんだ。

「クライアントに会いに行きます。そして、理解しようと努めます」

「ほう。これまたお前らしくない答えだな。それで売上が上がるか?」

「さあ、それはわかりません」

「……」

「ただ、売上を上げるためだけ提案なんて、もうこれからの時代、通用しない気がするんです。クライアントは僕たちに、そんな提案はもう求めていない」

俺の答えに、鬼頭部長がニヤリと笑った。

「そうか。わかった。じゃあまあ、よろしくな」

俺は一礼して、鬼頭部長の前を通り過ぎた。扉に手をかけたとき、ふと思い出して振り返った。

「部長」

「ん、なんだ」

「志望動機を聞きましたよね、この間」

「ん、ああ。そうだったな。思い出したのか?」

「いえ、それは相変わらず思い出せないんですが」

そして俺は言った。

「でも、もし就職活動をやり直せるとしても、僕はまたこの業界に入る気がします」

「…そうか」

強面の鬼頭部長が嬉しそうに笑い、行け、と手で示した。

俺は頷いて扉を開け、皆が暗い顔でテレアポを続けるオフィスへと進んでいった。

(HR 完)

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