第4話『正しいこと、の連鎖』 【2】/これからの採用が学べる小説『HR』
この小説について
広告業界のHR畑(求人事業)で勤務する若き営業マン村本。自分を「やり手」と信じて疑わない彼の葛藤と成長を描く連載小説です。突然言い渡される異動辞令、その行き先「HR特別室」で彼を迎えたのは、個性的過ぎるメンバーたちだった。彼はここで一体何に気付き、何を学ぶのか……。
*目次*はコチラ
第4話【2】
「あの……今日って、どういうアポなんですか」
AA本社の入っているビルと同じような広いエレベーター。高橋と並ぶと、かいだことのないスパイシーな香水が鼻に届く。あの鬼頭部長の先輩、ということは俺よりも二回り以上年上のはずだが、そんな風にはまるで見えない。
「どういうアポって、あんたが知る必要ある?」
……だが、威圧感は確かに、鬼頭部長以上だ。
今朝、HR特別室に出勤すると、高橋のアポに同行するようにと宇田川室長に言われた。
もちろん俺はその場で内容を問うたのだが、あのふわふわしたおっさんが教えてくれたのは、クライアント名と待ち合わせ場所、時間だけだった。相変わらず、状況説明は一切ない。
まあ、だが、その時の俺は、そんな室長の対応に対して何の不満も覚えなかった。保科と行ったクーティーズ然り、室長と行った中澤工業然り、印象的ではあるが所詮は小さな個人店、そして町工場だ。だが今回アポ先は、今をときめくBAND社だ。要するに俺は、舞い上がってしまったのだ。
「きょ……今日のクライアント、個人的にも好きなんですよ」
興奮が蘇ってきて、俺は思わず言った。すると、高橋はその小顔をこちらに向けて、はあ? という顔をする。
「なんで?」
「いやだって、すごい会社じゃないですか。自分、商品も使ってるし」
そう言って鞄の中からPOのモバイルバッテリーをチラリと見せた。高橋はそれを冷たい目で捉えると、ため息混じりに首を振る。
「残念だけど、あんまり期待しないほうがいいわよ」
「え? どういうことですか」
エレベーターの中は適度に混んでいる。静か過ぎる空間より、多少のざわつきの中の方が人間は話しやすいのだと東京に出てから知った。エレベーターの外に面した方の壁はガラス張りで、眼下には芝公園、東京タワーが見えている。
高橋は目を細め、鼻で笑った。
「ま、百聞は一見にしかず。せいぜいショックを受けないようにね、僕ちゃん」
第4話【3】につづく
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