第3話『息子にラブレターを』 【24】/これからの採用が学べる小説『HR』
この小説について
広告業界のHR畑(求人事業)で勤務する若き営業マン村本。自分を「やり手」と信じて疑わない彼の葛藤と成長を描く連載小説です。突然言い渡される異動辞令、その行き先「HR特別室」で彼を迎えたのは、個性的過ぎるメンバーたちだった。彼はここで一体何に気付き、何を学ぶのか……。
*目次*はコチラ
第3話【24】
「室長……もう……」
そう言う俺を、室長は手で制した。そして俯く婦人に向かって、言った。
「どうして考えてやらないんです。タカちゃんの気持ちを」
婦人は視線を落としたまま目を見開いた。
「あなたや社長が彼を息子だと思っているのと同様、彼だって、オヤジとおっかさんは自分の親だと思ってる」
「……」
「彼は誰よりも優しい子だ。あなたはそう言ってましたよね。私もそう思います。そして誰より、あなたたちのことを見てる。タカちゃんは、あなたや社長の考えなんてとっくにお見通しだ」
婦人はゆっくりと顔を上げた。その目が潤んでいる。
「……お見通し?」
「彼はあなたや社長が、ずっと罪悪感を抱えてきたことを知ってる。だから今回のことがあって、自分がおとなしく退職して出ていけば、あなた方の心が少しは軽くなるだろうこともわかってる。でも、彼はそれを受け入れられない。なぜだと思います?」
「それは……あの子が私たちに対して責任を……」
「バカ言っちゃいけない」
室長は声を強めた。
「あなた方と一緒にいたいからでしょうが! あれだけ人の気持ちに敏感なタカちゃんが、なぜ出ていかないのか。そんなの理由は一つだ。出て行きたくないんですよ。自分が実家に戻る方があなたたち夫婦が安心するだろうことはわかってて、それでもそれを拒んだ。これはもしかしたら、タカちゃんの初めての反抗なのかもしれない。わかりませんか、ずっと自分よりあなた方を優先してきた息子が、それだけは嫌だと言ったのが、あなたたちと離れることだったんだ。彼にとっても、あなた達は自分の人生に欠かせない存在なんです。想像してください、誰よりも大切な親から、出て行けと言われた息子の気持ちを……」
「……」
言葉は出なかった。だが、婦人が強烈な感情に襲われているのはすぐにわかった。潤んでいた目から大量の涙が溢れ出した。
何も言えなかった。室長の方を見ることもできず、俺は俯いた。
「だから、手紙なんです。今の気持ちを、素直な思いを、手紙にしたらどうかなと思いましてね」
室長が言うと、婦人は一瞬目を大きく見開き、それから固く閉じた。
その時――
事務所の裏口が音を立てて開けられた。顔を上げる。
そこに立っていたのは――高本だった。
高本は泣きじゃくる婦人を数秒間、呆けたように見つめた。
次の瞬間――
「お前ら……俺があれだけ言ったのに」
鬼の形相。俺たちを殺しそうな顔。その巨体がワッとこちらに向かって駆けてくる。
その時、婦人が立ち上がり俺たちと高本との間に立った。
「どけよ、おっかさん」
「ごめん、タカちゃん」
「……あ?」
「ごめん、タカちゃん、ごめん。辞めろなんて言って、ごめん」
「……」
「私もあの人も、あなたに辞めてなんてほしくない。ここで、ここでずっと、ずっと一緒にいてほしい」
「……」
「私たちはあなたに、何も伝えてこなかった。気持ちを、隠していた。申し訳ないとずっと思っていたから」
高本の表情が変わったのを俺は見た。あのとき、そう、昨日、食堂から出ていくときに見せたあの表情。
「手紙を書くわ。もう意地を張ったりなんてしない。私が、私たちがあなたにどれだけ感謝しているか……どれだけ愛してるか、素直に書くわ。それを読んでから、どうするか決めてほしいの」
「……」
高本は返事をしなかった。だがその表情は、先程の鬼の形相とはまるで違うものだった。
母親に抱きしめられた少年のような。
そして俺は室長の伝えたかったことを理解した。
苦しんでいるのは、高本も同じだった。
社長や婦人と同様、いや、もしかしたらそれ以上に、高本は苦しんでいたのだ。
第3話【25】 につづく
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