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第4話『正しいこと、の連鎖』 【5】/これからの採用が学べる小説『HR』

この小説について
広告業界のHR畑(求人事業)で勤務する若き営業マン村本。自分を「やり手」と信じて疑わない彼の葛藤と成長を描く連載小説です。突然言い渡される異動辞令、その行き先「HR特別室」で彼を迎えたのは、個性的過ぎるメンバーたちだった。彼はここで一体何に気付き、何を学ぶのか……。
*目次*はコチラ

第4話【5】

「はい?」

「厳密に言えば、高木生命の子会社のひとつであるTNBインシュアランスが、BtoBのカタログ通販で実績のあったストファルと共同出資して立ち上げたのがBAND JAPAN。要するに、本国のBAND社から日本国内の販売権を買ったのね。もちろん投資比率はストファルより高木生命の方が圧倒的に高い。まあ、簡単に言えば、高木生命が新たに目をつけた投資先がBANDってことよ」

いきなり固有名詞がドカドカと出てきて、理解が追いつかない。

「……ええと、それは、つまり……どういう」

「高木生命と言えば、このコンプライアンス時代に、新規顧客獲得のためには土下座も恫喝も、下手したら暴力だって辞さない、なんて噂されるゴリゴリの営業会社よ。イメージの悪さも手伝って本業の保険事業があまりうまくいっていないものだから、ストファルが持ってたシステムとネットワークを金で囲った上で、BANDに日本国内での販売代理店契約を迫ったんでしょうね」

「……あの、ちょっとよくわからないんですけど……」

俺が素直に言うと高橋は面倒臭そうに続ける。

「僕ちゃんにもわかるように言うなら……そうね、頭はあまりよくないけど喧嘩がめっぽう強い高木生命くんが、秀才だけど気弱なストファルくんを脅して自分の代わりにテストを受けさせて、その100点の答案用紙を持って好きな女の子BANDちゃんにアタックした、ってとこかしら」

妙な例えだが……わかりやすい。

つまりBAND JAPANというのは、BANDが自ら立ち上げた日本法人なのではなく、高木生命を中心とした日本企業がその権利を買っただけの、言わばフランチャイズ企業的なものなのか。

「ちなみに、高木生命は社長から幹部までのほとんどが某体育会系大学出身者で占められてる。要するに、先輩後輩の関係が社会人になっても続いているのよ。これがポイントの1つ目。そして、BAND JAPANの金を出しているのは高木生命。つまり最も強い発言権を持つオーナーはBANDでもストファルでもない。これがポイントの2つ目。さらに、いま私たちがいるこのオフィスの様子。高木生命の社員というのは、流行の細身スーツは禁止。パッと見でピンとくるくらい古臭い格好をしてるわ。これがポイントの3つ目。さあ、この3点から導き出される答えは何?」

俺は思わず視線を落とした。考える。

頭の中で様々なキーワードが回転する。高橋は何を言わんとしているのか。

……だが、答えはもう出ている気がした。出ていると言うか、既に見えている。

「……ここはBANDじゃなく、高木生命」

呟くように言うと、高橋が「いい子ね」と目を細めて笑った。

「まさに羊の皮をかぶったなんとやら、よ。BAND JAPANの役員は高木生命からの出向者ばかり。それもガチガチに学閥で固められた、ね。さっきまで通ってきたラウンジこそBAND風だけど、ひとつ中に入れば、そこはもう完全に高木生命なのよ。上司が言うなら腹も切らねばならないくらいに上下関係のきつい、旧態然とした、昭和的な企業」

俺はそして、先程通ってきたあの茶色い壁、そして、二重に作られた自動ドアのことを思い出す。そして、デジタルサイネージに表示された「未許可の方は立ち入りをご遠慮ください」というメッセージ。

「異例のことって……じゃあ普通なら、ここまで入ってこれないってことですか?」

あそこで男が言っていた言葉を思い出して言うと、高橋はさらに笑みを深くした。

「思ったよりバカじゃないのね、僕ちゃん。その通り、BANDとしての商談はすべて、さっき通ってきたふざけたジャングルの中でするのよ。それは、まとまった資本は欲しいがブランドイメージも重視したいBAND社と、BAND社の商品で金は稼ぎたいが自分たちの哲学や伝統を崩す気はない高木生命との、ある意味でウィンウィンの取り決めだった」

なるほど、と思う。

そういえば、さっき一緒にエレベーターから降りた、どう見てもBANDっぽくない真面目な雰囲気の男たち。彼らは高木生命からの出向者だったのだろうか。

「でも……じゃあどうして、僕らはここに通されてるんです?」

当然の疑問を口にすると、高橋はうんざりしたように首を振った。

「さあね。でも、さっきの彼があれだけ怯えてた理由はわかるわ」

「なんですか」

「今日はなんと、社長様が直々にお相手してくれるそうよ」

「社長!? BAND JAPANのですか」

「そう。BAND JAPANの社長で、でも実際の本籍は高木生命に置いたままの、おそらく数年で本社に戻って幹部にでもなる人よ。BAND社のブランドイメージを無視してこんなオフィスを作っちゃうよな社長だもの、高木生命の伝統を重視する面倒な相手だってことは間違いないわね。……さっきの彼にとっちゃ、誰よりも恐ろしい人なんじゃないかしら」

その時、奥の方から誰かが小走りに駆けてくるのがわかった。顔を上げると、まさにいま話題にしていたあの男が、青い顔をして近づいてくるところだった。

「どうぞ、準備ができましたので、社長室にご案内します」

第4話【6】につづく


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