第4話『正しいこと、の連鎖』 【13】/これからの採用が学べる小説『HR』
この小説について
広告業界のHR畑(求人事業)で勤務する若き営業マン村本。自分を「やり手」と信じて疑わない彼の葛藤と成長を描く連載小説です。突然言い渡される異動辞令、その行き先「HR特別室」で彼を迎えたのは、個性的過ぎるメンバーたちだった。彼はここで一体何に気付き、何を学ぶのか……。
*目次*はコチラ
第4話【13】
「ブラック企業……
今日のアポがなければ、笑って否定しただろう。世界を席巻しているあの<PO>の会社だ。ブラック企業どころか、働き方だって“今風”に違いない、と。
だが、今の俺はあの「ジャングル」の奥に隠されたBAND JAPANの「本体」を知っている。そして、ヤクザのようなスーツを着た槙原社長と、その言葉一つ一つに過剰に反応する社員たちの姿を。
思わず黙った俺から視線を外し、高橋は続ける。
「今の世の中、ブラック企業と言えば、“残業が多い会社”くらいのイメージかもしれないけれど、問題は残業時間の長さなんかじゃないのよ。この問題の根幹には、本人たちも自覚しないうちに完了してしまう“洗脳“の怖さがある」
「洗脳? ちょっと、何の話なんですか!」
話がいきなり大きくなって、俺は思わず声を荒げた。その声に反応したのか、ソファで爆睡していた室長が「ううん……」と呻いて身をよじる。慌ててボリュームを落とし、俺は続けた。
「すみません。……でも、洗脳って?」
高橋は薄いピンク色の口紅を引き、自分の唇を使ってそれを馴染ませる。その様子が妙に生々しくて、俺は目を逸らす。
「六本木であんたと別れてから、私もちょっとした調べ物をしてたのよ」
高橋はパタンとコンパクトを閉じ、こちらを横目で見て言う。
「調べ物?」
「そ。もっとも、あんたみたいにネットでチャチャッと終わる話じゃない。ある会社の調査員に会いに行ってきたわ」
「調査員って……誰なんですか」
「いわゆる調査系マーケティング会社の人。クライアントから依頼を受けて、対象企業の情報を集めてくるのよ。場合によっては、本当に入社する場合もある」
「入社って……スパイじゃないですか」
「そうよ」
高橋はあっけらかんと肯定する。
「でも、誰でもネットにアクセスできて、SNSで発信できる時代なんだから、社員全員がスパイだとも言える」
「そんなの……詭弁ですよ。金をもらって情報を盗むのは犯罪だ。仕事の愚痴をTweetするのとは違う」
そう言うと高橋はわずかに驚いた表情をして俺を見ると、なぜか嬉しそうに笑った。
「意外に固いのね。もうちょっとスレてると思ってたけど」
「……からかわないでください。で、その調査員に何を聞いてきたんです」
「情報を盗むのは犯罪なんでしょ? それを聞いたらあんたも同罪だけど」
思わず口ごもると、いよいよ高橋は楽しそうに笑った。
「ふふ、冗談よ。……今回私が彼に聞いたのは、BAND JAPANの導入研修について」
「導入研修?」
「ええ。入社して最初に受けさせられる研修ね」
「どうしてそんなことを」
「ま、今回の案件を引き継ぐにあたり、軽く事前調査してたことは否定しない。そもそも高木生命の“体質”についてはこれまでにも噂は聞いてたしね」
「高木生命? BAND JAPANじゃなくてですか」
「BAND JAPANってのは高木生命の“ガワ”に過ぎない。いいかげん学習しなさいよ。入社するのがBAND JAPANだろうが、受けさせられる研修は高木生命方式で作られてる」
そうだった。あの華やかなBAND JAPANの本体は、高木生命なのだ。
「……それで、何なんですか、その導入研修って」
俺が言うと高橋はもったいつけるように微笑み、高そうなバッグの中から電子タバコを取り出して、吸い始める。普通のタバコとは違う、バラとかスパイスを感じさせるにおいが漂い始める。
「その調査員に話を聞いたのは大正解だった。何しろ彼、その研修を実際に見たっていうのよね」
「え? じゃあその人、高木生命の社員だったんですか」
驚いて言うと、高橋は首を振った。
「いいえ。高木生命が毎年4月に数日間貸し切りにする、山奥にある古いホテルの短期バイトに申し込んだのよ。それで、大ホールを使って何時間も行われるその研修の様子を、給仕スタッフの立場で見た」
「へえ……なんか映画みたいすね」
俺は素直に感心してしまった。だが高橋は怖い顔をして「バカね」と俺を睨む。
「いい? 映画なら2時間で終わりだけど、ここでの経験は、下手したら参加者の一生を変えてしまう。現実だから怖いのよ」
高橋の言い方に、俺の頭に恐ろしい研修風景が浮かんだ。
プロレスラーみたいな男にボコボコにされるとか、両手足を縛られた状態でナイフをつきつけられるとか。
いや……研修というよりそれじゃ拷問だ。
「一生を変えるって……一体どんなことをさせられるんですか」
そういう俺に、高橋は答えた。
「選択肢を、奪うのよ」
第4話【14】につづく(近日公開)
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