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【小説】 愛のギロチン 5

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次の日の朝、俺は耳障りなノックの音で目を覚ました。

目を薄っすら開くと、ベッド脇のローテーブルの上に、昨日買ったチューハイの空き缶が並んでいる。そのうち一本は転がって、口から透明の液体を天板の上に吐き出している。あまり覚えていないが、結局、四本全部飲んでしまったらしい。

その光景が、後付けのように頭痛を運んでくる。元来あまり酒には強くない。だが、昨日は飲まずにはいられなかったのだろう。何しろ昨日はいろいろなことがーー

思い出そうとする自分を非難するようにノックの音が大きくなる。クソ……何だよ。頭がガンガンする。目をこすりながら携帯電話を引き寄せ、画面を表示させる。土曜、朝八時半。平日なら当然起きている時間だが、今日は会社も休みだ。

「すみませーん」

続くノックの合間に声が聞こえた。まったく、壁だけじゃなく玄関も薄いのかここは。仕方なくベッドを抜け出し、ボサボサの髪を効果がないとわかりつつ手で押さえながら玄関に向かう。

家を訪ねてくる人間に心当たりはなかった。恋人はおろか休日に遊ぶような友人もいないし、通販で何かを買った覚えもない。あるいは訪問販売でも来たのだろうか。だが残念ながら、40手前で失職間近の冴えない独身サラリーマンに売りつけられるものなどそう多くはない。営業マンはアパート選びをもっと真剣にやったほうがいい。

「どちらさまですか?」

扉の外に向かって言った。そこにいる人間は何かを言ったようだったが、よく聞こえない。さっきは聞こえたのに、なんだよ。安アパートのせいで扉にはのぞき穴もない。俺はもう面倒になって扉を開けた。

「あっ、どうも」

立っていたのは見慣れぬ中年男性だった。紺色のスーツ……いや、ブレザーのようなものを着て、なぜか白い手袋をつけている。手には角ばった帽子。ベースボールキャップとかそういうものではなく、警察官がかぶるような、製作工程が10も20もありそうな複雑な形態の帽子。だがそこに立つ男は警察という感じでもない。

なんだ、誰なんだ。素性を聞こうと口を開きかけたとき、相手が言った。

「ああ、よかった。お留守かと思いました。もう私、困ってしまって」

「……あの、部屋、間違えてませんか?」

立ち上がったせいか頭痛がひどくなっている。脈打つようにドクッドクッとリズムを打つ痛み。早く中に戻って横になりたい。

「え? 崎野さんですよね」

「……え?」

「あの、私、タクシーの運転手です。大貫さんが下でお待ちです。すみませんけど、来てもらえますか」

「はい?」

いったい何を言っているのだ。だが、「大貫さん」という言葉が頭のどこかに引っかかる。

そうだ。昨日の夜に確か――

「じゃあ、待ってますからね。あの人、ちょっと変ですよ、困ってるんですから」
 
俺が脳内データベースから確かな記憶を引っ張り出す前に、突然やってきたタクシー運転手はそそくさと廊下を駆けていってしまった。

つづく

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