第4話『正しいこと、の連鎖』 【4】/これからの採用が学べる小説『HR』
この小説について
広告業界のHR畑(求人事業)で勤務する若き営業マン村本。自分を「やり手」と信じて疑わない彼の葛藤と成長を描く連載小説です。突然言い渡される異動辞令、その行き先「HR特別室」で彼を迎えたのは、個性的過ぎるメンバーたちだった。彼はここで一体何に気付き、何を学ぶのか……。
*目次*はコチラ
第4話【4】
自動ドアを抜けると、その先に、さらにもう一つ自動ドアがあった。
なんだ? と思ううち背後で音がし、今入ってきた自動ドアが閉まるのが見えた。俺は妙な圧迫感を覚え始めた。まるで閉じ込められたような気持ちになってくる。
それは、目の前に現れたもう一つの自動ドアの脇にあったデジタルサイネージのせいでもある。そこには赤い字で、「未許可の方は立ち入りをご遠慮ください」というメッセージが表示されていたのだ。案内の男は、またそこにも置かれていた電話機に小走りに駆け寄り、何かを話している。
関係者によって案内されているわけだから、俺たちは「未許可の方」のはずがない。だが、だからといって、「お客様をお迎えする」という雰囲気でもないのだ。
何か、変だ。
そして俺は、ここに入る前に高橋に言われた言葉を思い出した。
―せいぜいショックを受けないようにね、僕ちゃん。
「あの……」
思わず高橋に耳打ちした。二回りも歳上とは思えない顔立ちの高橋が俺の方を向き、ドキリとする。
「なに」
「いや……あの、なにをあんなにビビってるんです、あの人」
高橋は、電話に向かってまたペコペコと頭を下げている男の背中を見やり、妙なことを言った。
「あなた、学生時代は運動部?」
「え? ……ええ、高校でサッカーをしてましたけど」
「厳しかった?」
「え? うーん、まあ、それなりには」
答えた俺に、高橋が初めて笑顔らしきものを見せた。そして微かに首をかしげるようにして、言った。
「そう。なら、話が早いわ」
どういう意味なのか聞こうとしたとき、男が受話器を置き、自動ドアが開いた。
そこに広がった風景に、俺は目を疑った。
さっきまでいたロビーとは、まるで違った雰囲気だったからだ。
壁は地味な灰色、そして床は白っぽいリノリウム。それぞれの部屋の扉の脇に、「会議室」とか「営業部」とかと書かれた白いプレートが設置されている。
ジャングルどころではない、まるで古い警察署のような……それは遊び心の一切が排除された、古臭い「事務所」だったのだ。
「……これは」
思わずつぶやいた俺を、高橋が悪そうな笑顔を浮かべつつ見る。
「じゃあ、こちらでお待ち下さい。用意ができたら、お呼びしますので」
男はすぐそばにあった待合スペースを示し、俺たちがそれに従うと、うつむきがちにさらに奥へと進んでいった。まるで昭和時代にタイムスリップしたようなこの空間では、彼のような今風のクリエイターっぽい服装はひどく浮いて見える。
「……どういうことですか、これ」
高橋と並んで座りながら、聞いた。
「なにが」
「全然違うじゃないですか、さっきまでの場所と」
「……本当に何も知らないのね」
高橋はそう言って、苛立った様子で首を振る。
「なんですか……それ」
「高木生命」
突然高橋が言った。
高木生命と言えば、大手4社には入らないが、それなりに名前は知られた、老舗の保険会社だ。
……だが、その高木生命が何だというのか。
「BAND JAPANの実質的なオーナー企業よ」
第4話【5】につづく
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