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第3話『息子にラブレターを』 【22】/これからの採用が学べる小説『HR』

この小説について
広告業界のHR畑(求人事業)で勤務する若き営業マン村本。自分を「やり手」と信じて疑わない彼の葛藤と成長を描く連載小説です。突然言い渡される異動辞令、その行き先「HR特別室」で彼を迎えたのは、個性的過ぎるメンバーたちだった。彼はここで一体何に気付き、何を学ぶのか……。
*目次*はコチラ

第3話【22】

なんだそれ。あまりに「普通」の答えにガッカリする。その魅力が見つからないから苦労してるんじゃねえか。

というより、中澤工業はデメリットだらけの職場だ。工場は古びていて、会社規模も小さく、給与や待遇も悪い。仕事は簡単ではなく、残業だってあるのに、給料は同業他社より何万円も低い。もしかしたら外国人が働いていることをマイナスに感じる求職者もいるかもしれない。

……確かに人はいい。社長も婦人も、ベトナムからの研修生たちも……そしてあの高本も、皆いい人たちだとは思う。だが、如何せんマイナスポイントが多すぎる。

そんな状況を前に、「中澤工業にしかない魅力を見つけろ」と室長は言うのか。

やっぱりダメだ、この人。俺は内心で思う。だいたいこの人は、研修に来ただけの俺に案件を丸投げしている。自分で考えられないから、俺にぶん投げたのか?

俺の気持ちを知ってか知らずか、室長はまたスマホをポチポチと操作し始める。

一体どういうつもりなんだ。「自分の案件なんだから自分で考えろよ」と今にも口から出てきそうな気分だった。

……だがそのとき、部屋の隅にあるプリンターがガチャガチャと動き出した。何枚もの紙が吐き出されている。

室長はよっとソファから立ち上がると、その紙束を持って戻ってきた。

「これ、見た?」

手渡された書類に目を落とすと、よくわからないが、何かの個人ブログのようだった。大手ブログサービスを使った、何の変哲もないブログ。SNSでの投稿が当たり前になった今、そのUIはひどく古めかしいものに見える。デザイン性にはまったく気を遣っていない、ゴチャゴチャして見にくいレイアウト。

「……なんですかこれ」

書類から顔を上げて聞くと、室長はニッコリとして答えた。

「あのご婦人のブログだ」

「え……婦人って、中澤社長の奥さんですか」

俺が言うと室長は頷いた。

「内容は、ま、普通の日記だ。桜が咲いたとか、誰それがお土産をくれたとか、そろそろ年賀状書かなきゃとか」

俺は再び書類に視線を落とした。ページをめくる。確かに、そういう内容の日記が、数行という短い文量で書かれてある。その言葉遣いも、なるほど年配の女性という感じだ。すぐにあの婦人の顔が思い浮かぶ。

「正直、PVはほとんどないだろうなあ。ランキングに参加してる風でもないし」

「まあ……そうでしょうね」

俺はなぜ室長がこんなものを見つけてきたのか、そしてそれを俺に見せたのかよくわからないまま、言った。ほぼ毎日更新されているらしく、記事数は実に三千件近くにものぼっている。

「じゃあ婦人はどうして、こんなものをつけているんだろう。誰に読まれるわけでもないのに」

そうだ。

室長の言う通り、こんな個人の日記を熱心に読むほど皆ひまじゃない。

有名人ならいざ知らず、下町にある小さな工場の事務員の日記を、誰が読みたいと思うだろうか。

「君はどうしてだと思う?」

再び聞いてくる室長に、俺はまた不機嫌になる。

「そんなのわかるわけじゃないじゃないですか」

「気づかないかい?」

「何がですか」

「……手紙だよ」

「え?」

「これ……亡くなった息子さんに充てた、手紙なんだよ」

思わず息を呑んだ。無言で手の中の紙に見入る。

「じっくり読んでみればわかる。一見、どうということのない文章に思えるがね。これは誰かに向けて語りかけてるものだ。それも、特定の誰かに」

「……」

「溜まった記事は約三千件。その最初の投稿は、いまから約9年前だ」

「9年前……」

息子さんが亡くなったのは9年前。婦人の悲しそうな顔が思い浮かんだ。

「……でも、そうだとして、何だと言うんです。これが求人にどう関係するんですか」

何となく心を乱された俺は、ぶっきらぼうに言った。

室長はニッコリと笑い、肩をすくめた。

「求人広告はラブレターだって、習わなかったかい?」

第3話【23】 につづく

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