第4話『正しいこと、の連鎖』 【9】/これからの採用が学べる小説『HR』
この小説について
広告業界のHR畑(求人事業)で勤務する若き営業マン村本。自分を「やり手」と信じて疑わない彼の葛藤と成長を描く連載小説です。突然言い渡される異動辞令、その行き先「HR特別室」で彼を迎えたのは、個性的過ぎるメンバーたちだった。彼はここで一体何に気付き、何を学ぶのか……。
*目次*はコチラ
第4話【9】
「あの……質問してもいいですか?」
行きとは違い人の少ないエレベーターで下に降りながら、さっきからずっと難しい顔をしている高橋に声をかけた。
「ダメよ」
冗談ではなさそうな言い方に、思わず口をつぐむ。その冷たくも美しい顔から視線を外し、眼下に見える東京タワーを見つめる。
「……どう思った? あの子」
俺の質問は断るくせに、自分はするのか。なんだよと思いつつも、興味が湧いてしまう。
「あの子って……正木さんのことですか」
「そう」
「うーん、まあ、いちいち声がでかいってのを除けば、できる営業マンって感じでしたけどね。実際、年収高かったじゃないですか。1年目であんだけ歩合もらえてりゃ上々でしょ」
「おかしいと思わなかった? 年収も含めて」
「え? いや、まあ、正木さんは別として、年収1000万円の先輩がゴロゴロ……って話は、ホントかよって思いましたけどね」
「どうして?」
「え? どうしてって……んー、POの商品が売れてるって言っても、そんなに儲かるかなあと思って」
「……そうよね」
エレベーターはそこで1階に到着した。高橋は迷いなくカツカツとハイヒールを鳴らして先に行ってしまう。
「あ、ちょっと高橋さん」
「……何よ」
慌てて追いついて声を掛ける。高橋は足を止めたりしない。決して大柄ではないのに歩くスピードはかなり早い。
「あの、新規事業って何なんですか。金融って」
「何って、そのままじゃない」
「いや、だから、なんでBAND JAPANが金融事業なんてやるんですか」
「はあ?」
やっと高橋は足を止め、俺の顔を睨んだ。
「BAND JAPANの親会社がどこか忘れたの?」
「え? ……高木生命でしょ」
ため息。そして高橋は呆れたように首を振る。
「わかってるなら、何の疑問もないでしょうに」
「え?」
すると高橋は胸元から名刺入れを取り出しながら言った。
「ちょっと気になるから、戻ったら調べておいて」
そう言ってさっき帰り際にもらっていた正木の名刺を俺に差し出す。会話が噛み合わない。訳も分からずそれを受け取り、なおも言った。
「あの、なんで高木生命が親会社だと、金融なんですか」
俺が言うと、高橋はわざとらしい笑顔を作り、言った。
「何言ってるの、僕ちゃん。生命保険は金融商品よ」
呆気にとられる俺を残し、高橋はくるりと踵を返し、一人ビルの外へと出ていった。
第4話【10】につづく
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