見出し画像

幻の 【 雪の結晶 】 のレースの話 その1

 私は東京と大阪で活動している、アンティークレースを研究する研究会『Accademia dei Merletti』を主宰し、「アンティークレース」についての考察や周知を行なっています。


ポワン・ド・ネージュ

ー 【 雪の結晶 】と呼ばれるレース

 アンティークレースを蒐集している多くの方が「 いつかは欲しいわ 」と話されているレースがあるんですね。

 それは【 ポワン・ド・ネージュ 】( point de neige )と呼ばれているレースなんですが、イタリアでは【 プント・ネーヴェ 】( punto neve )と呼んでいます。

 ネージュもネーヴェも「 雪 」なんですね。

 このレースはその名前のとおり「雪の結晶」のような美しいニードルレースなのです。 

 作られたのは17世紀末の1690年ごろの僅かな時期で、極小モチーフに装飾的なステッチやピコット飾りがちりばめられているのです。その姿からいつの頃からか【 雪のレース 】と呼ばれるようになりました。

ヴェネツィアのブラーノ・レース博物館所蔵のポワン・ド・ネージュ
「 雪の結晶 」のような装飾が名前の由来です

 1650年代から1680年代にかけては厚みのある重厚なレリーフのニードルレースをルイ14世が宮廷服に持ち込んだことで人気を博しました。

 しかしフランスでのレースの流行の変化の影響もあり、徐々に人々の趣味が変わって17世紀末には微細なモチーフのレースが主流になったんですね。

ー ファッションを変えたレース

 それまでは、男性の《 コル・ラバ 》( 前垂れのある襟 )や女性の《 ベルタ 》( 襟ぐりを一周する幅広の襟飾り )のようにレースは平面的に使われてきました。

 徐々にモチーフが小さくなっていき、レースがよりしなやかなものになるとギャザーやフリルなどの襞を寄せて使うことが流行するようになります。

 こうして、ニードルレースの変化がファッションのスタイルに影響を与えることにもつながりました。人々はたっぷりと襞をとってレースを贅沢に袖口や裾に飾ったりしたんですね。

J.D・ド・サン=ジャンの原画を元にした版画 『 スカーフを着けた貴婦人 』 ( 1693年 )
17世紀末期にはフォンタンジュと呼ばれる高い髪型が流行してレースで飾られました

 レースが繊細になると同時に、【 フォンタンジュ 】と呼ばれる高い髪型が流行するようになります。

 このフォンタンジュとは、ルイ14世の若い愛妾Marie-Angélique de Scorailles de Roussilleマリー=アンジェリク・ド・スコライユ・ド・ルシユ( 1661-1681 )のことです。

 あるときマリー=アンジェリクは王の催した狩猟に同行した際に、突風で帽子が飛ばされてしまいました。彼女は機転を効かせてとっさに靴下留めのリボンで乱れた髪を束ねました。ルイ14世が彼女の機転とその姿が可憐で美しいことを称賛したのでフォンタンジュ風の髪型は宮廷で大流行したという逸話が伝わっているんですね。

 最初は無造作にリボンで結い上げただけの髪型が、のちに高さを競うようになって様々な装飾で飾るようになりました。この髪型はマドモワゼル・ド・フォンタンジュの逸話から【 ア・ラ・フォンタンジュ 】と呼ばれるようになったそうです。

 この過剰に髪型を高くしてレースなどで飾り立てる流行をルイ14自身は嫌っていたそうですが、皮肉にも王の治世末期の1710年代まで流行することになったんですね。

ー 縮小化するモチーフ

 やがて重厚なレースが好まれた流行はすたれて、1690年ごろから18世紀の初頭にかけてレースは極小のモチーフの繊細なものへと変わってしまいました。

 レリーフはもはや顧られることもなくなり、モチーフは小さければ小さいほど良いものとなりました。そしてレースは華奢であれば華奢であるほど時代にマッチしたものと考えられたんですね。

 19世紀にレースの歴史が研究されるようになると、重厚なレリーフの【 グロ・ポワン 】と区別するために小さなモチーフのニードルレースは【 ポワン・ド・ローズ 】とか【 ポワン・ア・ラ・ローズ 】と呼ぶようになります。

厚みのあるレリーフの【 グロ・ポワン 】

 17世紀末にしなやかなニードルレースが流行したことをきっかけに、縮小化されたモチーフのさまざまなタイプのニードルレースが考案されていきました。

 【 ポワン・ド・ネージュ 】はそのような流行のなかで、華美に装飾性を高めていったレースなのです。 

 その一方でボビンレースでもニードルレースの影響を受けて、同じように極小モチーフのデザインが流行するようになりました。当時は世の中のレースがことごとく小さなモチーフで溢れかえっていたわけです。

 そのため同時代の様々なレースを【 ポワン・ド・ネージュ 】として販売するディーラーや研究家も多いのです。それは故意であったり過失であったりするのですが、蒐集をはじめたばかりのコレクターさんを混乱させ悩ます要因となっているんですね。

 次回は、この時代の極小モチーフのレースをいろいろな参考資料とともにお伝えしたいと思います。


その2につづく

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?