幻の 【 雪の結晶 】 のレースの話 その2
私は東京と大阪で活動している、アンティークレースを研究する研究会『Accademia dei Merletti』を主宰し、「アンティークレース」についての考察や周知を行なっています。
ミニアチュライズされたレース
ー 混乱させる原因
17世紀末には小さなモチーフのレースが大流行したためにさまざまな種類のレースがたくさん存在するのです。
同時代の極小モチーフのレースは全て【 ポワン・ド・ネージュ 】として販売するディーラーや研究家も多くて、それは故意であったり過失であったりするのですが蒐集をはじめたばかりのコレクターさんを混乱させる要因となっているのです。
その結果、「超レアといわれている【 ポワン・ド・ネージュ 】が見つかるなんて!」と珍しさにみなさん飛びついてしまう訳なのです。
故意・過失にかかわらず悪意ある誘惑に惑わされないように、極小モチーフのレースをいくつかの例を挙げて説明したいと思います。
ー 【 コラリーノ 】punto corallino
17世紀末、ニードルレースで大量に製作された【 コラリーノ 】( corallino )というレースがあります。
アドリア海の沿岸地域では漁師が恋人に持ち帰った「白い珊瑚」を元に、その恋人が糸で珊瑚の姿を再現したことがニードルレース作りのはじまりという伝承が伝わっています。
このコラリーノとはイタリア語で「珊瑚」を意味しているんですね。
コラリーノは単純なデザインでモチーフに盛上げレリーフやピコット装飾のないレースです。これは装飾も少なく、とてもフラットなので見分けがつきやすいのです。
ー【 ポワン・ド・ローズ 】point de rose
盛上げレリーフとシンプルなピコット飾りのあるレースは【 ポワン・ド・ローズ 】( point de rose )と呼ばれています。
これはイタリア語で【 プント・ローザ 】( punto rosa )や、かつては【 ポワン・ア・ラ・ローズ 】( point à la rose )などとも呼ばれていたニードルレースです。
レリーフのほかに、モチーフとブリッド( 繋ぎ )にピコット飾りがある極小モチーフのレースを19世紀以来ポワン・ド・ローズと一括りに呼んでいました。
このポワン・ド・ローズのタイプのレースは意外とたくさんあるんですね。ですので各所の博物館・美術館で見つけることができます。
SNSやディーラーのサイトで見かける【 ネージュ 】とされているもののほとんどがこちらのレースなのです。
ポワン・ド・ネージュってどんなレース?
ー ポワン・ド・ネージュ考
【 ポワン・ド・ネージュ 】というレースは本当に数が少ないのです。そしてほとんど見かけることはありません。
では、「真」の【 ポワン・ド・ネージュ 】とはどのようなレースなのでしょうか?
17世紀当時には【 ポワン・ド・ネージュ 】という呼び名はありませんでした。これは後世の研究家が、「様々な精緻な刺繍(ステッチのこと)で装飾された花々がまるで雪の結晶のように見える」として名付けたものです。
1875年に出版されたレース研究書の嚆矢といわれるバリー・パリッサー夫人の『 HISTORY OF LACE 』のなかでパリッサー夫人が述べていることにヒントがありそうです。
長年、私はレースの蒐集をしていますが【 ポワン・ド・ネージュ 】と思われるレースにはひとつしか所有していないのです。
イタリアの刺繍・レース職人のAndrea Ocello アンドレア・オチェッロ氏のFacebookの投稿で私のコレクションについて触れていただいております。オチェッロ氏はとくに【 ポワン・ド・ネージュ 】に思い入れが深く、さまざまな資料を研究されています。その経緯があって私に連絡をいただきました。
色々な作品を調べて、私は以下のような特徴が【 ポワン・ド・ネージュ 】ではないかと考えています。
① 左右対称の構成が多い
② 花のモチーフの中心に多層の重なり合ったピコット装飾がある
③ 盛上げレリーフ上にペルレ(真珠飾り)やピコットなどの装飾がある
④ ブリッド(繋ぎ)に星形の花や複数のピコット装飾がある
この4点を満たしていると【 ポワン・ド・ネージュ 】なのではないかと思い、私はレースを探すときにこれらの条件を基準として判断しています。
ポワン・ド・ネージュとは、ただモチーフが極小のニードルレースではないのです。
最後に私の独自研究ですが、もともと17世紀当時には意図してそれぞれの名称に合わせてレースを製作していたわけではなかったと思います。当時すでに産業化されていたレースの商取引では顧客の要望と支払う代金の額に応じてレースのクオリティを作り分けていました。特注品や別注の品がネージュ、中級の商品がローズ、流通品で廉価な商品がコラリーノと今では呼ばれているに過ぎないのだと私は考えているんですね。
よく見れば【 ポワン・ド・ネージュ 】にはピコット装飾がプチプチとしていて、キラキラとした煌めきのようなものがあるのです。
そしてそれは数ミリメートルというサイズで、とてつもない超絶技巧を駆使しているので非常に感動的なものなのです。
おわり
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