見出し画像

最近気になっているアンティーク・レース その1

 私は東京と大阪で活動している、アンティークレースを研究する研究会『Accademia dei Merletti』を主宰し、「アンティークレース」についての考察や周知を行なっています。


コレクションの行き着く先に

ー 古典的なレースへの回帰

 私がアンティーク・レースに出会い、その魅力に取り憑かれたのは18世紀のニードルレースでした。それから私の蒐集の主たる目的は最初に出会ったレースに匹敵するもの、もしくはそれを凌駕するものに巡り逢いたいとの気持ちで蒐集を重ねてまいりました。

 私はずっと18世紀の前期、フランスで《 レジャンス 》と呼ばれるオルレアン公の摂政時代( 1715 - 1723 )からルイ15世の親政の初期である1730年代までがレース製作の洗練の極致と考えてきました。

 この時代がニードルとボビンの別なく最も洗練されたレースが製作された時期であるのは間違いのない事実なのですが、コレクションを重ねるうちに心惹かれるレースは17世紀から16世紀へと遡っていくこととなりました。

ー 偉大な蒐集家の審美眼

 アンティーク・レースの蒐集が本格的に欧米ではじまったのは19世紀の半ば以降でした。第一回のロンドン万国博覧会を契機としてアンティーク・レースの価値が再認識されて、応用美術の一ジャンルとして蒐集や研究が行われるようになります。

 また、19世紀の後期にはレースの研究を書籍として発表する研究者も現れ、産業へ活用するためにデザインの資料としてレースメーカーによっても蒐集が行われるようになります。

 この頃になると個人間の売買のほか競売などを通してアンティーク・レースが取引されるようになり、絵画や彫刻などと同様に富裕層や好事家のコレクションの対象にもなっていきました。

ボビンレースのパスマンで縁取りされたレティチェロとプント・イン・アーリア技法のエプロン
 ( 16世紀末 - 17世紀初頭 ) 『 ANTIQUE LACE OF AMERICAN COLLECTORS 』から

 公的な博物館や美術館におけるアンティーク・レースの蒐集も充実化が図られて各所のコレクションは豊かになっていきました。そして、そのようなコレクションに寄与したのが富裕層の夫人などによって蒐集されたアンティーク・レースの寄贈で、個人コレクションが大きな役割を果たしているのです。

 19世紀後期から20世紀初頭にかけてアンティーク・レースの蒐集はひとつの流行となり、ステイタスシンボルとしての役割も担っていました。この時代の蒐集家のコレクションは多岐にわたり、時系列的にもレース製作の初期から蒐集家の生きた同時代の優れた作品までを網羅していました。

 そのなかで、多くの蒐集家が熱心にコレクションをしたのが16世紀から17世紀にかけての初期のレースでした。

16世紀から17世紀の初期のレース

ー 初期レースのおもしろさ

 日本ではあまり深掘りされていない初期のレースはとても興味深いものなのです。そして、古の蒐集家にとって心を捉えて離さない魅力的なものでした。

 レースが衣裳の装飾として一般的に用いられるようになったのは16世紀の半ばのことです。最初期には襟や袖口などにごく僅かな装飾として取り入れられていきました。そのようなレースの技法が発展したのは当時の大きな流行に促されて、より大きなパートとしてレースを活用しようと試みられたからです。

 また、ベッドカバーやテーブルクロス、祭壇の飾り布など室内装飾や教会の装飾としてもレースの技法は取り入れられて大きな作品への応用の原動力となりました。

カットワーク、レティチェロ技法のベッドカバー プント・イン・アーリアの縁飾り
( 16世紀末-17世紀初頭 ) アムステルダム国立美術館蔵

 昨年秋から今年の年初までニューヨークのバード・グラデュエートセンターで開催された大規模なレースの展示会『 THREADS of POWER 展 』はスイスのザンクト=ガレンの繊維博物館の所蔵するレース作品が一堂に会した素晴らしいものでした。この博物館のレース・コレクションは19世紀後期から20世紀初頭に機械レースメーカーとして知られたレオポルド・イクレのコレクションが基となったもので、彼のコレクションの主要な作品群も16世紀から17世紀にかけてのものでした。

 初期のレースは単純な技法で簡易なレースが多いと思われがちですが、実はこの時代は技法の開発や技法の新規性に対する爆発的な人気に後押しされて、さまざまな実験的な作品や複合的な技法を組み合わせた作品など千変万化のバリエーションを生み出した時代でもあったのです。

16世紀の混成技法のレース 『 ANTIQUE LACE OF AMERICAN COLLECTORS 』から

 後には植物や花が主要なモチーフとなっていくレースのデザインですが、初期の段階では幾何学柄からはじまり葉や花などの植物からデザイン化されたモチーフを取り入れたり、人物・動物などのモチーフを随所に忍ばせたりと遊び心のあるデザインが次々と考案されていきました。

 また、後世には奢侈禁止令で製作数が激減していく色糸を使用したレースが多く見られるのもこの時代の特徴です。刺繍作品と混成したり既成概念に縛られない表現の自由さと豊さがこの時代のレースに魅力を与えているのです。

ー 今、いちばん気になっているアンティーク・レース

 私もこの初期のレースの魅力に徐々に気付き、以前は蒐集対象としていなかった16世紀から17世紀にかけて製作されたレースに注目するようになりました。

 それまで18世紀のレースを主に蒐集し、その後17世紀後期のポワン・ド・ヴニーズと呼ばれるニードルレースや、稀に19世紀のアランソン・レースポワン・ド・ガーズを入手している程度でした。

 しかし初期のレースを蒐集しはじめてから私のコレクションは奥行きや広がりが増して、面白みが加わることになりました。

 そして、最近このコレクションに新たな興味深いレースが加わることとなるのでした。


その2につづく

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?