アメリカに消されそうになった夏
去年の夏頃だったか。
僕はアメリカに消されそうになった。
僕はその日、ウーバーイーツで小銭稼ぎに勤しんでいた。
その日はかなり注文数が多く、汗水たらしながら愛車のズーマーで京都市内を駆け回っていた。
そろそろ帰ろうかと考えていたその時、また1件の注文が入った。
ウーバーイーツあるあるなのだが、そろそろ帰ろうと思っているタイミングで注文が入ることがよくある。別にその注文をキャンセルすればいいのだが、お金が発生するとなるとどうも気がかりで渋々注文を受ける。
その日も、「ふざけんなよ…」と思いながら、注文を承諾した。
注文を受けた店舗に行き、配達先の住所を見ると「おや?」と思った。
配達先が病院なのだ。マップアプリにはしっかりと「京都大学医学部付属病院」と表示されている。
しかし、僕は焦らない。このケースもたまにある。
配達先が病院だと、患者さんに商品を届けるのかと思いがちだが、この場合病院に併設されている看護師寮に届けることが多い。
初心者ウーバーイーターはうろたえてしまうだろうが、僕はかなり上位ランカーのウーバーイーターであるため「なるほどね~」ぐらいのテンションである。
すぐに配達に向かい、病院に到着した。
マップを見ながら施設内に入ろうとしたとき、「関係者以外立ち入り禁止」という看板が目に入った。
その看板はなんというか、通常の立ち入り禁止の看板よりも強めのフォントで書かれており、その注意を無視した場合、「それなりの措置を取るぞ!」という意思を感じさせる雰囲気があった。
上位ウーバーイーターの僕はそこで立ち止まった。入ったらダメだよな、でも入らないと配達先には行けないし、病院の入り口に置いておくこともこの猛暑ではできない。
仕方ない、注文が施設内からきているということはウーバーイーツの利用者が確実に存在するということだ。ウーバーイーターが施設内に入ることは、ある程度許容されているのであろうと判断をした僕は、少し進んだ看護師寮に商品を届けた。
無事配達を終えた僕は、帰路についていた。
しばらく走ったところでスマホが鳴った。
電話である。
画面に表示された文字を見て、僕は度肝を抜かれた。
「アメリカ カリフォルニア州」
アメリカだ。
アメリカから電話がかかってきているのだ。
一瞬でかいていた汗が、冷や汗に変わっていくのを感じた。
やはり病院に侵入したのはまずかったか。
いやしかしそれでは配達をすることはできないではないか。
侵入ではない、配達なんだよ!!!!
さながら冤罪を突きつけられた被告人のような言い訳が頭の中を駆け巡る。
そうこうしているうちに電話が鳴りやんだ。相手も観念したらしい。
しかしどう考えても僕の理論は筋が通っている。
仮に施設内に入ることが禁止されていたとして、その忠告が注文者からきていないのはおかしい。
「施設に入ることはできないので、私が取りに出ます」ぐらいのメッセージが来るはずなのだ。
人を助けるために看護師という職業を選んだ人間が、他者への配慮を怠るとは思えない。
ではなぜアメリカから電話がかかってきたのか。
現状、僕の理論はアメリカ側の宣戦布告を却下できるぐらいの論理性はあるはずだ。
そこで、もう一度配達を終えるまでの流れを思い返していた。
その時、僕はある光景を思い出した。
僕は病院を出るとき、ふと高めのビルを見上げた。
そこには「iPS細胞研究所」と書いていた。
京大付属病院には、iPS細胞研究所が併設されていたのだ。
これだ。
ウーバーイーターに扮した人間が、iPS細胞に関する重要な情報を盗むために侵入したとアメリカに判断されたのだ。
これでは言い訳のしようがない。世界的な機密情報を盗もうとしている人間をアメリカは許さない。
当然、僕はiPS細胞の情報を盗もうとしていたわけではない。一般大学生が小銭を稼ぐ、ただそれだけのことだった。
恐らく、ウーバーイーツで荒稼ぎすることを懸念した何者かが、アメリカに指示をして工作を施したのであろう。
思い返せば注文が入ったタイミングもおかしかったし、渋々承諾する態度もどこかでみられていたのかもしれない。
その日はあらゆる出来事に死の恐怖を感じながら過ごした。
家に帰ってからも、スナイパーに狙われていないか、配達業者に扮したスパイが家族もろとも撃ち殺してしまわないかなど、神経を過敏にさせていた。
夜になり、「もう二度と日の光を拝むことはないかもしれない」と思いながらその日は寝た。
次の日、目が覚めた。
目が覚めたのだ。ということは生きているということだ。
アメリカもすぐには殺さず、経過を観察するという事か。
ひとまず安心して、僕は今日まで過ごしている。
しかし、アメリカという脅威から逃れたわけではない。もし僕が誤った行動を起こせば、いつでも奴らは動き出すだろう。
僕と関わってくれるすべての人へ、僕と会えるのは今日が最後かもしれないと思って、常に接していただきたい。
(p.s)
「ウーバーイーター」は造語です
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