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女性ならではの本ですか? いいえ違います〜『ワイルドフラワーの見えない一年』

◆松田青子著『ワイルドフラワーの見えない一年』
出版社:河出書房新社
発売時期:2016年8月

掌編小説が50篇。世の中の常識や規範に対する違和感をベースに自由を謳歌しようとする言葉の小宇宙。

表題作〈ワイルドフラワーの見えない一年〉は自分の行動を互いに公表しては「いいね!」のやりとりをするSNS時代へのささやかな抵抗とでもいえばいいでしょうか。『原色植物百科図鑑』からの引用を散りばめて不思議な魅力を醸し出しています。

〈お金〉は拝金主義をとぼけた味わいで風刺し、〈ヴィクトリアの秘密〉はマイノリティの生きづらさを独特のヒューモアに包んで差し出して面白い味。〈バルテュスの「街路」への感慨〉〈水蒸気を永遠なれ〉は、タイトルよりも本文の方が短い素敵な作品。

〈ナショナルアンセムの恋わずらい〉は内容はリベラリズムの紋切型だが、意表をついた視点を導入して片思いの恋愛小説風にまとめた語りの妙にはにんまりさせられました。その後日談ともいうべき〈ナショナルアンセム、ニューヨークへ行く〉では、ふたたび「恋」への希望を抱くというのも爽やかです。

「この場を借りて、わたしがヨーグルトのふたを舐めなくなった話をしたい」の一節で始まる〈この場を借りて〉は、最近のニューウェーブ短歌の発想をも思わせる日常的な一断面を描いたもので楽しい。

〈ハワイ〉は、語り手が「三年間着ていなかったセーター」で、他に「デザインが古くなったハンドバッグ」やら「また聴きたくなったら買い直せばいいCD」やらが登場するお話。〈男性ならではの感性〉は「女性ならではの感性」という常套句が未だにメスメディアで流通している状況を逆手にとった一篇。

作者の生のメッセージがそのまま投げ出されたようなアジビラもどきの作品から柔軟な発想と想像力から紡ぎ出された童話調の素敵なショートストーリーまで玉石混淆ながら、独特の才気を感じさせる作品集です。

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