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いつまでも迷子であり続けるために〜『迷子手帳』

◆穂村弘著『迷子手帳』
出版社:講談社
発売時期:2024年5月

「いつまでも迷子であり続ける人のための手帳」という触れ込みのエッセイ集。不本意ながら迷子になっている人を勇気づけるような本ならふつうに存在するでしょうが、「迷子であり続ける人のため」の本というコンセプトは貴重かもしれません。

クリスマスに自分へのご褒美として銀座の高級時計店でチュードル・クロノタイムを買った日のこと。離婚した友人から聞かされた元妻の秘密。……様々な思い出がときに悔恨や苦い思いを伴って綴られています。
あるいは。屯田兵の曽祖父の像を北海道・北見のお寺で発見する挿話などはなかなかドラマチックと思いました。

「ほむらさんsuicaの準備がはやすぎるまだまだかざさなくてもいいよ」の短歌から説き起こされる一文なども良い味。交通系ICカードを自動改札にかざすタイミングが早すぎると穂村は友人から指摘されたらしい。自分は生来「ビビリ」であることを隠さないスタンスは筆者の美点でしょう。

穂村の随想は日常のささやかな一断面が鮮やかに切り取られていて、よくできた短篇小説のような余韻を残すといえば大仰に過ぎるでしょうか。たいていの人ならさっさと忘れてしまうような、ささやかな失敗談や出来事を、穂村は心の中で反芻する。そのありさまが妙にリアルだったりするので、私たちは思わず共感してしまうのです。
穂村の気風芸風がよくにじみでたエッセイ集といっておきましょう。

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