アベノミクスによろしく_Fotor

現代日本の最大のリスク〜『アベノミクスによろしく』

◆明石順平著『アベノミクスによろしく』
出版社:集英社インターナショナル
発売時期:2017年10月

アベノミクスは大失敗に終わっている。現代日本の最大のリスクはアベノミクス。──本書のメッセージは実に明快です。

アベノミクスの三本の矢とは「大胆な金融政策」「機動的な財政政策」「民間投資を喚起する成長戦略」です。本書ではとくに第一の矢である金融緩和政策を中心に論じています。大胆な金融政策とは「日銀が民間銀行にたくさんお金を供給してデフレを脱却する」というものです。

その結果はどうでしょうか。一口でいえば金融緩和は円安を引き起こし、それが増税との合わせ技で物価を急上昇させ、消費を異常に冷え込ませた、ということになります。アベノミクス以降の実質GDPの成長率は、3年かけても2%にすら届かず、民主党政権時代の約3分の1しか伸ばせませんでした。

さらに重大な問題があります。2016年に内閣府はGDPの算出方法を変更し、それに伴い、1994年以降のGDPをすべて改定して公表しました。この「改定」がどうにもいかがわしいというのです。

改定の理由は「2008SNA対応によるもの」と「その他」となっています。GDPの算出について準拠する国際基準が「1993SNA」から「2008SNA」というものに変更されました。以前の基準との違いは、研究開発費などが加わることです。問題は「その他」のかさ上げ額がアベノミクス以降だけが桁違いに突出している点です。この改定によって、アベノミクス失敗を象徴する五つの現象のうち四つが消失し、2016年度の名目GDPは史上最高額を記録したことになりました。

明石は、そのような事実から「『2008SNA対応』を隠れ蓑にして、それと全然関係ない『その他』の部分でかさ上げ額を調整し、歴史の書き換えに等しい改定がされた疑いがある」と述べています。

とはいうものの、部分的にはアベノミクスの成果を指摘する経済学者が少なからずいるのも事実です。安倍政権に批判的な論客もそのなかに含まれます。たとえばよく言われるのは雇用改善です。

しかし、それは生産年齢人口の減少、医療・福祉分野の大幅な需要拡大、雇用構造の変化によるもので、民主党政権時代から続いていた傾向だと明石はいいます。

また正規雇用者の増加についてはどうでしょうか。正規社員の男女別比率をみると、女性の正規社員が増えていることがわかります。
これは労働契約法の改正が影響していると明石は指摘します。非正規でも五年を超えて雇った場合は、その社員から申込みがあれば、正社員として雇うことが義務づけられました。ちなみにその改正法が公布されたのは2012年、民主党政権の時代です。アベノミクスとは関係ありません。

円安の恩恵を一番受けた製造業ですら実質賃金は大きく下落しました。賃上げ2%を達成できたのは、全労働者のわずか5%程度。労働組合組織率の低いことも影響して、そもそも日本は賃金が上がりにくい構造になっているのです。

「多くの場合、アベノミクスの前から改善傾向が続いている数字について、アベノミクスの『成果』とされてしまっている」ことに明石は注意を促します。同時に「アベノミクスのせいで悪化したと言われている数字についても、同様に鵜呑みにしてはいけない」ことを指摘しているのは公正な態度といえましょう。

ただし本書全体をとおしてみると、疑問点もなくはありません。
増税や財政出動に関しては詳しく述べていませんが、やや引っかかる記述も見受けられます。たとえば以下のような発言です。

……長い目で見ると、借金が返せない状態にならないように、増税をして、いろんな支出を削らないといけない。だけど、それをやると選挙で負けちゃう。(p193)

これを裏返せば、増税と緊縮財政については本書では推進する立場をとるということになります。増税はその中味が重要ですから、これだけでは断定的なことは言えませんが、法人税の引き上げではなく、消費増税を含むようなものであるならば批判は多いでしょう。また緊縮財政に関しても、市場全体がさらに冷え込み、税収を減少させ、かえって国の借金を膨らませるという意見は少なくありません。

アベノミクスを全面否定するのは良いとしても、それに替わる政策を間違えたら元も子もありません。アベノミクスを葬り去った後の経済政策については、さらなる議論が必要でしょう。 

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