易しいけれど内容は深い!?〜『日本一やさしい「政治の教科書」できました。』
◆木村草太、津田大介、加藤玲奈、向井地美音、茂木忍著『日本一やさしい「政治の教科書」できました。』
出版社:朝日新聞出版
発売時期:2017年7月
4月、学校では新年度が始まると新しい教科書が配られます。小学生の頃は勉強がとても好きというほどではありませんでしたが、新品の教科書の匂いが私は好きでした。ページを繰るたびに鼻孔にとどく、あの教科書の匂いは子どもの私にとって生活の一つの節目である4月を象徴するもののように感じていたものです。
前置きはこれくらいにして本書の話を始めましょう。
日本一やさしい政治の教科書。……憲法学者の木村草太とジャーナリストの津田大介がAKB48の3人を相手に政治の授業をした記録を書籍化したものです。標題どおり初学者向けの入門書で、それ以上でもそれ以下でもない内容ですが、木村の授業できわめて含蓄に富むと思われるくだりがあります。以下、変則的ながらその点に絞って記すこととしましょう。
私が興味深く感じたのは三権分立を解説した箇所です。
そもそも「行政」「司法」「立法」の三権は昔から並び立っていわたけではありません。このうち最も遅れて概念化されたのは「立法」です。木村の既刊書『テレビが伝えない憲法の話』でも力説している論点ですが、本書でもかなりの紙幅を割いて噛み砕いた説明をしています。
行政と司法の二つは、人間の生活に欠かせないものなので昔からありました。古代ローマ帝国も、漢や秦など古代中国の国家もこの二つの機能を備えていました。これに対して立法は比較的最近出てきた概念なのです。
では、昔は必要なかったのに、なぜ近代国家では立法の機能が必要になったのでしょうか。このように問題提起して、次の授業でその解答を提示していきます。
昔は「公平性を守る」ためには、優れた人が王様や裁判官などの権力者になればよいという考え方が主流でした。ところが近代になって「どんな人が権力者になろうとも、公平なルールが実現するようにと、法律に基いて権力を行使しようという発想になった」のです。
つまり建前上は誰もが権力者になる可能性のある時代になったからこそ「立法」という機能が必要になったと考えられるのです。立法が遅れて概念化された権力であることは、政治社会の近代化と大いに関連しているわけです。近代民主政には欠かせない〈国民主権〉や〈法の支配〉を実現するために必要になった国家作用。木村はそこまで踏み込んだ解説をしているわけではないのですが、日本国憲法では立法府こそが「国権の最高機関」と規定されていることは何度でも思い返す必要があると思います。
今日、日本では行政府の暴走が目立ち、国会は以前にもまして形骸化したといわれます。それはすなわち民主主義の形骸化と言っても過言ではないでしょう。私たち国民は裁判官や官僚を選ぶことはできませんが、国会議員については直接選挙で選ぶことができるのです。近代になって「立法」という概念が発明されたことの意味をあらためて考えさせてくれるという意味で、ここに紹介した記述は侮れないと感じた次第です。