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立川流家元の愛した芸人たち〜『芸談 談志百選』

◆立川談志著『芸談 談志百選』
出版社:中央公論新社
発売時期:2023年9月(文庫版)

立川談志が百人の芸人を選んで、その芸と人となりを語っています。芸人といってもその範囲はかなり広い。千葉茂、権藤博、舞の海、行司の式守勘太夫。NHKの名物アナ・和田信賢からフジテレビの元局アナの中村江里子まで、談志のお眼鏡に適った芸人は多岐にわたっているのでした。いや「お眼鏡に適った」という表現は正確さを欠いています。談志自身が心からの尊崇を隠さない人生の先輩たちも少なからず含まれているのですから。

本書は古今亭志ん生で始まり、桂文楽で締め括っています。そのあたりに同じ分野の先輩芸人に対する談志の思いがよく出ています。若い噺家は直弟子の志の輔や談春・志らくについては一章を割いているものの、他の一門の芸人は出てきません。

若い人よりも古い芸人のことをしっかり書いておくというのが最初からの意図だったのでしょう。というわけで、本書で私が初めて名を知った芸人も少なくありません。浪曲師の東武蔵、漫才コンビの十返舎亀造・菊次。トロンボーン漫談のボン・サイトも知りませんでした。トロンボーン漫談なるものの存在すら知りませんでした。トロンボーンの中から世界の国旗を出すのがお約束だったらしい。

談志がこうしてわずかでも文章を残してくれたおかげで、古き善き時代の芸人たちのことが後世に伝わるとすれば、大衆芸能史の観点からいってもこれは貴重な記録といえそうです。山藤章二のイラストも愉しい。
なお本書の原文は、「週刊現代」で1997年から99年まで連載されたものです。2000年に『談志百選』として単行本になり、2023年に文庫化されました。

最後にあえて蛇足を記すと、談志のような毒舌を含んだ話芸はSNS全盛の現代ならば、たちまちのうちに炎上するのかもしれません。ポリティカル・コレクトネスという概念じたいは基本的に推進すべきことという前提で言うのですが、談志は自身の芸風が許される時代に生きることのできた幸福な芸人であったと本書を読んであらためて思います。

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