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世代から世代へ受け継がれてきた珠玉の言葉〜『誰も知らない世界のことわざ』

◆エラ・フランシス・サンダース著『誰も知らない世界のことわざ』(前田まゆみ訳)
出版社:創元社
発売時期:2016年10月

同じ著者による世界的ベストセラー『翻訳できない世界のことば』の姉妹編というべき本です。本書は世界中からユニークなことわざを集めたもので、世界各地の言語表現への高い関心を示している点では前著と共通するコンセプトといえましょう。著者自身のイラストを添えた編集のスタイルもそのまま踏襲しています。

ことわざにはその言語を話す人々に共通の世界観なり人間観なりが端的に表現されているものです。一定の時間をくぐりぬけて現代に伝わってきているものですから、短いフレーズでキラリと光る世界の真実の一面を端的に言い表わしているともいえるでしょう。もちろん互いに矛盾するようなことわざの組合せも少なくありませんが、それはそれで世界の多面性を象徴しているとも考えられます。

〈カラスが飛び立ち、梨が落ちる〉という韓国語のことわざは「いかにも関係がありそうな2つのことがらの間に、必ずしも因果関係があるわけではないこと」を表したもの。人間には、意味のない情報から意味のあるパターンを見出そうとする傾向があると著者は述べています。

ポルトガルに伝わる〈ロバにスポンジケーキ〉は、日本や英語圏なら「豚に真珠」に相当するでしょう。それを得るに値しない人に何かを与えることの無意味さについては、古来、各地においてざまざまな比喩でもって表現されてきたようです。

〈目から遠ざかれば、心からも〉は「去る者は日々に疎し」のヘブライ語版。〈ある日はハチミツ、ある日はタマネギ〉は「勝つこともあれば負けることもある」というアラビア語の古諺で、英語の “You win some, you lose some” にあたります。

〈水を持ってきてくれる人はそのいれものをこわす人でもある〉はガー語のことわざ。「ガー」はガーナの一部族とその言語の名称です。遠い所へ水を汲みに行く人は、それゆえに水を入れる器を最も壊しがちであるということ。すなわち、何かを成し遂げようと努力してその最中にうっかりミスをしてしまってもその人を批判すべきでない、という含意がこめられているのです。

ヒンディー語のことわざ〈水が半分しか入っていない壺のほうが水がよくはねる〉は「本当の知識を持っていない人に限って、必要以上の大声で語り、飛び回り、また腕を大きく動かしておおげさな身ぶり手ぶりをする」という意味をもっています。本邦の政治家の言動をみているとなるほど真実の一面をついているようにも思います。

本書を読むと、世界には様々な言い回しの妙があることを知ると同時に、表現は異なっていても同じような人生訓や世界観を人類は共有しているのだなとも感じられます。ちなみに数ある日本語のことわざから選ばれているのは〈サルも木から落ちる〉〈猫をかぶる〉の2つ。

強いて本書の難をいえば、アフリカ系言語からの選択が少ないことでしょうか。ツイッターなどで見かけるアフリカのことわざにはユニークで面白いものが多いので本書にも期待したのですが、その点はやや残念な構成。さらに、それぞれのことわざに付けられた著者のコメントがいささか野暮ったい感じがしました。もちろんそれらの点を差し引いても楽しく読める本には違いありません。

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