面従腹背

歪んだ「政治主導」の矢面に立つとき〜『面従腹背』

◆前川喜平著『面従腹背』
出版社:毎日新聞出版
発売時期:2018年6月

表面は服従するように見せかけて、内心では反抗すること。──「面従腹背」の広辞苑における語釈です。前川喜平がマスコミに登場し、この言葉を盛んに口にするのを見聞して、当初は少し違和感をおぼえたものでした。

日本の政治の問題点として、かつて「官僚内閣制」の弊害が盛んに強調されたことがありました。政治決定の実質を握っているのは官僚であって、政治家は彼らの手のひらで踊らされているだけだという認識を端的に表現した用語です。「官僚内閣制」に不満を感じる国民の多くは、民主党や自民党の唱える「政治主導」に大いに期待をかけました。しかし、その一つの結果として、今日のモリカケ問題や公文書改竄に象徴されるような安倍政権の暴走に歯止めが効かない状況がもたらされました。「政治主導」といえば聞こえは良いけれど、実際は独裁国家と変わらぬ縁故主義の蔓延です。

安倍政権の実態が明らかになってくるにつれて、前川のいう「面従腹背」にも一理あると思えるようになってきました。実際、本書に紹介されている「面従腹背」的な教育行政の具体例には賛同できる点も多い。

たとえば、道徳の教科化の問題。これはいうまでもなく「国家に立脚する教育改革の色彩を色濃く持つ」政策です。前川はもちろんそれに反対の立場でした。政治がそれを決めた以上それに従うほかないのですが、文科省は「道徳教育を学習者である子どもの主体性を重視する方向に転換する姿勢」を打ち出しているというのです。2017年6月に公表した学習指導要領解説道徳編では「道徳科の授業では、特定の価値観を児童に押し付けたり、主体性を持たずに言われるままに行動するよう指導したりすることは、道徳教育が目指す方向の対極にあるもの」と言い切りました。安倍政権がやろうとしている道徳教育の枠組みのなかで「考え、議論する道徳」のために様々な工夫をするよう促しているのです。

また一般に審議会は民主的な政治決定を装うための形式的なものと考えられていますが、前川によれば文科省における教育に関する審議会は「政治介入へのバッファー(緩衝材)」になっているといいます。中央教育審議会では、委員の学識や経験に基づく発言をかなり丁寧に拾い上げているのだと。「政治主導で提起された政策課題についても、審議会で検討することによって軌道修正が図られることが多い」。

末尾には、毎日新聞の倉重篤郎と文科省の先輩・寺脇研との座談記録も収録されていて、こちらもなかなかおもしろい。とりわけ加計学園獣医学部認可をめぐる政権内部の確執を前川が解説しているくだりでは閣内が必ずしも一枚岩でなかったことが明らかにされています。
当初、安倍首相が推進、獣医師会をバックにした麻生が反対、石破が慎重……と均衡していました。衆院福岡6区補選で獣医師会=麻生支持候補が安倍支持候補に負けて、流れが一気に安倍首サイドに傾いたらしい。

「面従腹背」は前川の現職時代の座右の銘ですが、退官後のそれは「眼横鼻直」だといいます。鎌倉時代に宋から曹洞宗を伝えた道元禅師の言葉で、「眼は二つ横に並んでいる。鼻は縦についている」ことから、当たり前のこと、ありのままでいいということを意味します。

官僚と国民から選ばれた政治家との関係はいかにあるべきか。近代民主政の根本に関わる古くて新しい重要課題ですが、本書はそれを再考するための生きた教材といえるでしょう。

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