疑問から始まるアートへの好奇心〜『美術ってなあに?』
◆スージー・ホッジ著『美術ってなあに? “なぜ?”から広がるアートの世界』(小林美幸訳)
出版社:河出書房新社
発売時期:2017年9月
目も鼻もない棒みたいな人の絵が、なんでアートなの?
アートってどうしてはだかの人だらけなの?
素朴な疑問を章題に掲げてそれに答える形で、美術の楽しさ面白さを伝える──作り手たちの美術への愛情が伝わってくるような楽しいアート入門書です。原書はイギリスで刊行され、すでに世界15カ国語に翻訳されたとか。
ちなみに「アートってどうしてはだかの人だらけなの?」という疑問には「『はだかは美しいもので、芸術作品として鑑賞するのにふさわしい』と考えていた」という古代ギリシャ人の考えを提示して、今日の人体デッサンへと話をすすめていきます。例示されている作品はボッティチェリの《ヴィーナスの誕生》ですが、それには「美術の世界では、はだかは“新しい命”を表現している場合が多い」との解説も加えられています。
明快な解説文と工夫を凝らした構成は、大人の初心者が読んでも楽しく学習できる本に仕立てています。古典作品にかぎらず現代アートにもたくさん言及しているのも好ましいし、スーラやシニャックらの点描図法を解説しているページに草間彌生の水玉の作品を並べるセンスもおもしろい。
ただし疑問符をつけたい記述も。デュシャンの《泉》に関して「新たな視点」で物事を見ることの重要性を言うのは良いとしても、「(デュシャンは)芸術的なテクニックよりも独創的なアイディアのほうが価値があるとみとめてほしかった」とするコメントはいささか凡庸で、デュシャンの問題提起を矮小化しているように感じられます。
また芸術が担ってきた負の側面(公権力者への奉仕、古いイデオロギーの固定化など)には目を瞑って肯定的な面ばかりを押し出した記述にも少し注文をつけたい気がします。
むろんそうした点をあげつらって本書の価値を貶めるつもりは毛頭ありません。何だかんだいっても美術館は楽しい空間。一人でも多くの人が本書をとおして美術の楽しさを感じ取ることができれば一美術愛好者として私もうれしく思います。
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