これからの教育_Fotor

生涯学習原理主義でいこう!?〜『これからの日本、これからの教育』

◆前川喜平、寺脇研著『これからの日本、これからの教育』
出版社:筑摩書房
発売時期:2017年11月

元文部科学省官僚の二人がこれまでの教育行政を振り返り、さらにこれからの日本の教育のあり方について思いの丈を語り合った対論集です。文科官僚としての矜持や自尊心がにじみ出た発言も多く、二人の仕事や考え方に賛否はあるにしても、全体をとおして興味深く読みました。「ゆとり教育」を推進した寺脇研の著作はすでに数多く出ていますが、前川喜平がみずからの教育論を披瀝したものとしては本書が最初らしい。

前半で前川は三つの信条を提示していて、とりわけその一つ「教育行政とは人間の、人間による、人間のための行政である」が本書の基調をつくりあげているように思います。それは「生涯学習」という概念に集約されるといっていいかもしれません。昨今の文科省が進めてきた一連の教育改革や規制緩和において核となる考え方です。むろんこれからの教育を考えるうえでも引き続きキーワードとなるものでしょう。

それは大づかみにいえば、国や社会のための教育から一人ひとりの学習者のための生涯学習へ、という変革です。それまでの小学校→中学校→高校→大学という学校主体の教育行政から、労働者向けの職業訓練校などを含む人々の生涯全体に関わる広範な行政へと広がったわけです。その転換を契機として学校教育にまつわるいくつもの問題点を改善していくこともできたらしい。寺脇はそれを文部省の「開国」と表現しています。

生涯学習がなかったら、業者テストの廃止も、偏差値追放も、家庭科の男女必修も、総合学科の制度化も、なかったと思う。(p60)

寺脇が故小渕恵三元首相に熱い共感を示しているくだりも興味深い。小渕首相は批判の多かった「ゆとり教育」の理念を理解し、その中身を官僚に委ねて「私はサポートする」と官僚たちを励ましたのだといいます。それを「感動的」と二人が口をあわせるところは印象的です。

その一方で、規制緩和に関しては「政治主導」という大義名分のもとで内閣府や首相官邸のゴリ押しが目立つようになってきました。その象徴的事件が加計学園をめぐる一連の疑惑といえるでしょう。寺脇はそれを「側用人政治」と呼び、厳しく批判します。

内閣府には総合調整権があるが、それは命令権ではない。しかし側用人政治では調整も議論もなく、強圧的な指示だけが上から降りてくる。そのような「政治主導」に官僚が異を唱えるのは当然でしょう。

ちなみに前川に対しては、加計学園問題をめぐり「行政が歪められた」というのならなぜ在職中に行動を起こさなかったのかという批判が少なくありません。それに対して当人は冒頭に掲げられた文章のなかで次のように応えています。

まったくその通りだと思う。だが、私の経験から言うと、現職中にこの動きを止めることは、おそらく一〇〇%、できなかっただろう。官邸からの圧力は、それだけ強かったということだ。(p9)

この簡潔な発言に完全に納得できるわけではないけれど、参考のためにここに記しておきます。

ともあれ、寺脇と前川が現職時代に体験した苦闘や葛藤は戦後の教育行政史の文脈でみるならば、加計学園疑惑は別にして、教育行政の転換期の混乱によってもたらされたものともいえるでしょう。その意味では本書の対話に接することは、戦後教育の歴史の大きな流れを追体験することなのかもしれません。もちろんその作業をとおして、これからの教育のあるべきすがたも見えてくるという寸法です。

新聞やテレビによって伝えられる文科省の施策については違和感を覚えることが少なくありませんが、その中で仕事をしてきた人の考えをじっくり読むことは意義深いことだと強く感じた次第です。

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