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社会学者の回答芸を読む〜『また身の下相談にお答えします』

◆上野千鶴子著『また身の下相談にお答えします』
出版社:朝日新聞出版
発売時期:2017年9月

新聞にはたいてい人生相談のコーナーが常設されていますが、個人的には数多いる回答者のなかで上野千鶴子がいちばん面白いのではないかと思っています。本書は朝日新聞に掲載中の〈悩みのるつぼ〉の上野回答分を書籍化した第二弾。とにかく切れ味鋭い。同時に苦労を重ねてきたであろう相談者、社会の不条理に翻弄されている相談者らには温かい慰労や激励の言葉を贈る。当然ですが、回答の内容が社会学的知見の披瀝にもなっているのです。

古臭いジェンダー差別が伝統となっている国立大学体育会に所属する女子学生の悩み。マッチョな部活の体質を変えたいけれど……という相談には「武闘派だってムダな闘いはしません」と言い、壁にぶつかって自爆するより、独立して新しい女子サークルを立ち上げることを提案しているのはすぐれて現実的なアドバイスでしょう。

女装が好きな息子への対処のしかたを相談する50代の母。相談者に対して、女装趣味を知ったのは何故なのかを最初に問うところが秀逸。
「あなたが息子の部屋に無断で入ってクローゼットを開けたせい? そちらの方が問題ですよっ!」。家族崩壊が起きるとしたら、息子さんの趣味によるものではなく、母親が大学生の息子のプライバシーにずけずけ立ち入る配慮のなさによって、でしょうと言い切るのには感心しました。

保健室に入り浸るやっかいな子に関する教師からの相談。身体の不調を文字どおり受け取ることの愚を指摘して教師を叱咤したうえで、話を「聴いてあげる」ことを助言します。言われてみれば、至極当たり前の話のように聞こえますが、それこそがカウンセリングの基本に沿った回答なのでしょう。

ボランティア活動をするなど充実の日々を過ごしつつも認知症の心配をする71歳の女性。それに対する回答も振るっています。
まず認知症高齢者とは「過去と未来がなくなって現在だけに生きる」存在であり、「死を思わずに毎日を暮らせるのは、人生の最期の日々に神が与えた恵」とする見解を紹介します。そのうえで「脱社会化の過程」としての認知症に罹っても「もともと自分にないものが出てきたりはしないでしょう」と述べ、「笑顔でボランティアをしながら周囲に感謝を絶やさないあなたは、きっとすてきなぼけバアサンにおなりでしょう。どうぞ安心してボケてくださいませ」と結びます。けっして嫌味でも皮肉でもありません。

上野は〈あとがき〉でみずからの立ち位置について語っています。

……身の上相談回答者とは、人生の酸いも甘いもかみわけた達人、ということになっています。……(中略)……わたしのように「戸籍のきれいな」おひとりさまで、出産・育児の経験もなく、看取る夫も育てる孫もいない者が、身の上相談の回答を務めるのはおこがましい、でしょうか。(p274)

このように問いかけた後に、社会学者としての矜持のようなものを淡々と述べて「ここでの回答は、まじめな質問にまじめに答えるというより、それ自体が回答芸というべきパフォーマンスを求められるものだからこそ、わたしにも回答者が務まっているのでしょう」と自己分析しています。
そうです。これは何よりも上野千鶴子という社会学者の「回答芸」をたのしむ本なのでした。

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