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〈本物/偽物〉の二項対立を超えて〜『ニセモノ図鑑』

◆西谷大編著『ニセモノ図鑑 贋造と模倣からみた文化史』
出版社:河出書房新社
発売時期:2016年10月

国立歴史民俗博物館が2015年に開催した企画展《大ニセモノ博覧会─贋造と模倣の文化史!》の展示内容をもとに編集した本。ニセモノ(フェイク、イミテーション、コピー、レプリカなど)を単純に善悪で判断するのではなく、その意義について文化史の観点から見直そうという試みです。

考察の対象となっている素材は多岐にわたっています。人をもてなすうえで重要な空間だった地方の旧家の「床の間」のキッチュ性を歴史的に再検討したり、偽文書の時代背景を考察したり。コピー商品の価値を天目茶碗を実例として吟味するかとおもえば、人魚などの架空存在の表現を歴史的に振り返ったりします。

ニセモノ=悪という判断を留保することによって、ニセモノ文化に対する寛容、という以上に積極的に価値を見出そうとする姿勢が貫かれています。「博物館において制作される研究目的の『ニセモノ』は、『ホンモノ』よりもむしろ研究価値が高い場合がある」し、「『ニセモノ』が『ホンモノ』を乗り越え、文化的な創造性を発揮することもある」というわけです。

たとえば北宋の天目茶碗は日本においても数多くのコピー製品を派生させたことで知られます。その需要に答えようとした瀬戸窯は大量生産体制を確立し、窯道具の多様化をすすめることになりました。
また偽文書の研究をとおして当時の社会状況や時代背景を個別具体的に知ることができますし、博物館におけるレプリカには、実際に見聞することのできない物事を時空を超えて展観できる大きなメリットがあるでしょう。

〈本物/偽物〉という旧套な二分法を相対化・無効化する論考は、ジャン・ボードリヤールをはじめこれまでにも提起されてきましたので、本書のスタンスに特段の独創性があるわけではありません。が、基本的には本物を志向しているはずの博物館のイベントという点では、展覧会じたいは冒険的な試みであった様子がうかがわれます。そのあたりの楽屋話も後半に披瀝されていて興味深く読みました。

扱う対象を広げすぎたためか、やや散漫な印象は拭えませんが、写真やイラストなどビジュアル素材がふんだんに掲載された作りは「図鑑」的な面白さを醸し出していることも確か。展覧会を見なかった読者にも充分楽しめる本であると思います。

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