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青空に自由はあったのか!?〜『幽玄F』

◆佐藤究著『幽玄F』
出版社:河出書房新社
発売時期2023年10月

人間は空を見上げて、なぜか自由を夢見る生き物です。しかし空は物理法則にがんじがらめにされた危険な領域でもあります。

「自由に空を飛んだことなど、俺は一度もない」。戦闘機を操る航空宇宙自衛隊員・易永透はそう思う。彼は空に取り憑かれた男ですが、そのことで自由を得たわけではありませんでした……。

本作の主人公の名は三島由紀夫の『豊饒の海』最終巻「天人五衰」に出てくる安永透にちなみます。そして三島が戦闘機に搭乗した体験を綴ったエッセイのワンフレーズ「私には地球を取り巻く巨きな巨きな蛇の環が見えはじめた」からインスピレーションを得たことを佐藤究は新聞のインタビューで語ってもいます。もう一つ付け加えれば、主人公の葛藤は『金閣寺』で寺に火を放った破滅的な僧のあり方と重なるところがあると感じるのは私だけではないでしょう。

破滅的な人物たちがバタバタ死んだり消えたりして、最後に生き残った若者に一縷の希望をこめる──というのが佐藤作品の一つのあり方。そのパターンは本作でも踏襲されています。ただ今回は、疑問というか物足りなさも残りました。たとえばタイトルに採られている「幽玄」なる概念。それは一体いかなるものでしょうか。最終盤に取ってつけたように出てきて結末へと向かうのですが、私には今一つ消化不良の感を拭えませんでした。

とはいうものの、三島から得た霊感を膨らませ、それに仏教や先端技術のエロティシズムを重ね合わせて一篇の小説に仕上げてしまう佐藤の才気にはやはり感嘆せずにはいられません。

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